第525話 ERに来ない男

 誰もやりたくないが、誰かがやらなくてはならない。


 世の中にはそういった仕事が沢山ある。

 そのうちの1つが救急だ。


 といっても、生きる死ぬの3次救急ではない。

 熱が出たとか体調が悪いとかの1~2次救急だ。

 癌や慢性疾患などでウチに通院している患者からの依頼が多い。


 もちろん患者にとっては色々な事が心配だ。

 癌が再発したのではなかろうか。

 抗がん剤の副作用だろうか。

 それとも、別の疾患が発症したのかもしれない。


 そう思うのも無理はない。


 が、担当医は忙しい。

 手術をしていたり、外来をしていたり、病状説明ムンテラをしていたり。

 だから、救急車で来院した患者を1時間も2時間も待たせる、と言う事が珍しくなかった。


 実際、オレもうっかり放置してしまった事がある。

 瀕死の救急患者を入院させて処置しているうちに他の救急患者の存在を忘れてしまっていたのだ。

 幸い、この時は気を利かした別の医師が他の病院に転送してくれていた。



 そんな経緯いきさつがあって10年ほど前にできた総合診療科がとりあえず救急外来で初期対応をすることになった。

 もちろん各診療科からはものすごく感謝された。


 しかし、それは最初のうちだけだ。

 しばらくそれが当たり前になり「救急外来ER総合診療科そうしんの担当だろ、何でちゃんと対応しねえんだ!」と言われるようになった。


「踏みつけにされたら誰だって腹が立ちますよ」


 そうオレに言ってきたのは診療看護師の茨城くんだ。

 昨日も嫌な目にあったらしい。


 某診療科で化学療法中の患者が体調不良ということで、診てもらえないか当該診療科の外来に問い合わせて来た。

 それで主治医が救急車で来るように患者に言って総合診療科の診療看護師に投げてきたのだ。


 救急外来では採血、胸部レントゲン、心電図などの検査をしながら、主治医の到着を待った。

 が、主治医は「ウチじゃないでしょ、それ」と言って全く姿を見せない。


「患者さんの顔を見もしないで『ウチじゃない』なんて言えないと思うのですけど」

「確かに、全く見なかったら重症感なんか分からないしな」

「そうですよね!」


 茨城くんは憤懣ふんまんやるかたなしという表情だ。

 だからオレも相槌あいづちを打つ。


「見に来ることができないんだったら最初から救急を受けるべきじゃないよな」

「そうなんですよ」



 他にも似たような話がある。


「先生、採血とレントゲンと心電図の結果が出ました」


 そう電話したら「CTを撮ってから連絡してこい」と言われたとか。

「オレの専門じゃねえから、他に回してくれ」と断られたとか。


 専門家を名乗るのはせめて専門医を取ってからにしてもらいたいもんだ。

 オレなんか年を取るほど専門を名乗るのが恥ずかしくなってきた。



 その一方で無茶苦茶ナイスな先生もいる。


 総合診療科に初期対応を頼んでいながら、先に来て救急車の到着を待っているとか。

 諸般の事情ですぐに来れない時でも「御迷惑をおかけします、手が空き次第すぐに行きますから」と電話をかけてくるとか。

 救急患者を診ながら初期研修医や診療看護師にワンポイントレッスンをしてくれるとか。



 今度の医局会で注意喚起をしようと思うが、良い例と悪い例を具体的にあげた方がいいかもしれないな。


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