第524話 クビになった女

 その昔。


 勤務先の病院の脳外科医局に年頃の女性秘書がいた。

 当時はアナログ時代だったが仕事量は多くないので優雅な勤務だった。

 多分、月水金くらいの出勤ではなかったかと思う。


 それから10年経ち、20年経ち。

 オレはあちこち異動したが、彼女はそのままだった。

 特に名字が変わることもなく退職することもなく。


 ただ、年を取るとともに徐々に偏狭な性格になったのだそうだ。

 その病院からこちらに異動してきた若手医師からそんな話を聞いた。


「部長先生の言うことは聴くのですけど、我々の事は歯牙にもかけないという態度だったんですよ」

「へえーっ、人間は変わるもんだな。オレがいたときにはそんな事なかったけど」

「特に牛多似うしたに先生と仲が悪くてですね」


 彼は穏やかそうな人なんだけど、人間には相性があるからな。


牛多似うしたに先生は彼女をめさせるよう何度も部長先生に言ったんですけど、耳を傾けてもらえなくて」

「それで?」

「ついにビデオを仕掛けたんです」

「ほええ! そんな事までやったのか」


 自分たちの部屋にビデオを仕掛けるのは確か盗撮にはあたらなかったと思うけど。


「それで、どうなったわけ?」

「ビデオにられていると思っていなかったんでしょうね。誰もいなくなった途端、彼女は薬の商品名入りボールペンを自分のポケットに入れたり」

「おいおい」

「それだけでなく牛多似うしたに先生の出前から唐揚からあげを1つつまんで食べたり、色々と困った事をしていましてね」

「それダメじゃん!」


 若手医師の話は、ボールペンを自分の胸ポケットに入れたり、唐揚げを口に入れたりのジェスチャーつきだった。


「そのビデオを部長先生に見せると『こりゃ、ダメだなあ』ということで彼女を辞めさせたんです」

「そうかあ」


 ボールペンに唐揚げ……

 誰もいないと思った秘書がいかにもやりそうな事だ。

 まさしく「小人閑居しょうじんかんきょして不善ふぜんをなす」だ。


 それにしても牛多似うしたに先生、ビデオを仕掛けるとは!

 おぬしわるよのお。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る