第522話 覚醒剤が検出された男

 日本大学アメフト部がニュースで話題になっている。


 報道によればアメフト部の寮から乾燥大麻と覚醒剤の錠剤が見つかったとのこと。

 同部は2018年にも反則タックル問題で注目を浴びた過去がある。

 だから、世間からは「また日大アメフト部か」と思われていることだろう。


 さて、今回はアメフトそのものではなく、麻薬・覚醒剤の話をしたい。


 20年以上も前の事。


 オレが救命センターに勤務していたときに、搬入された患者にトライエージという尿検査をすることがあった。

 主として意識障害の原因を調べるためだ。

 これは8項目の薬物反応を見るもので、ベンゾジアゼピンやバルビタールのような医薬品の他、アンフェタミンやコカイン、大麻、モルヒネなどの麻薬・覚醒剤を検出することができる。


 驚くのは違法薬物がしばしば検出されたことだ。

 はっきり統計をとったわけではないが、体感で10人に1人程度だろうか。

 特に覚醒剤であるアンフェタミンが圧倒的に多かった。



 今でも記憶に残っているのは若い男性の自損事故。

 自動車を運転していて駐車中のトラックに衝突して大怪我をしたというもの。

 もちろん救命センターで言うところの大怪我なので「骨が折れました。10針縫いました」というレベルではない。

 文字通り意識不明の重体だ。


 この患者の血中アルコール濃度はゼロだったが、尿検査でアンフェタミンが検出された。

 ということは、覚醒剤使用後に車を運転していて自損事故を起こしたのだろう、と想像される。


 こういった場合には金銭的な問題もからむので、すぐに損保会社からの照会がある。

 彼らの知りたいことはただ1つ。

 血中アルコール濃度がどれくらいだったのか、ということ。

 泥酔状態で運転していて事故を起こすというパターンが多いことを考えると、そのような疑問を持つことは当然だ。


 が、海千山千の損保会社担当者にしても覚醒剤までは思いつかなかったのだろう。

 照会文書には血中アルコール濃度についての問い合わせはあったものの、麻薬・覚醒剤についての言及はなかった。


 担当医としては訊かれたことには答えるが、訊かれていないことにまでは答えない。

 だから、しれっと「血中アルコール濃度は測定感度以下でした」とだけ回答した。


 警察の方はもう少し巧妙で、慌ててかけつけた患者家族に声をかける。


「こういう事はキチンとしておいた方がいいからね、ちょっと血液の方を調べさせてもらいますよ」


 そして我々にはこう言ってくる。


「先生、御家族の同意も得ましたんで、床にこぼれた血液を少々いただけませんかね」


 そう言いながら、そこら辺に飛び散っている血液を持って帰ってしまう。

 警察にかかれば違法薬物成分の検出などお手の物だ。


 とはいえ、交通課の人たちは薬物犯罪そのものには興味がないようだ。

 これを手掛かりにして違法薬物の販売ルートを摘発しようなどとは思っていないんじゃないかな。

 多分、交通課としての自分の職務を果たしたらそれで終わりなんだろう。



 最後に冒頭の日大アメフト部の違法薬物のニュースに戻る。


 オレの患者にも大麻だの覚醒剤だのをやっている人は珍しくない。

 彼らによく尋ねられることはこうだ。


「大麻が合法な国もあるのに、なんで日本では禁止されてんのよ! ホントに体に悪いの?」


 知らんがな。


 大変申し訳ないが、大麻が体に悪いかどうか、オレは興味がない。

 たぶんタバコやアルコールと一緒でメリットもデメリットもあるのだろう。


 ただ、日本では違法薬物の使用は重大犯罪だし世間の目も厳しい。

 損得を考えたら手を出すのは論外だ。


 今回の事件でいえば、違法薬物を所持していた部員だけでなく日大アメフト部全体に対しても大きな影響が及ぶのではないかと思う。


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