第516話 中古車を売る男

「ひょっとして前職は中古車屋でしたか」

「そうなんですよ。ニュースで散々叩かれているところです」

「ホントにゴルフボールでへこましたりしてたんですか?」

「それ、皆にかれるんですけど直接に見た事はないですね。でも、そのくらいの事はやっていても不思議じゃないですよ、あそこは」


 ある日の外来の最後の患者。

 以前に中古車屋に勤めていたと聞いたような記憶があった。

 同業の評判を尋ねようとしたら、そのものズバリ。

 3年ほど前まで話題の会社で働いていたそうだ。


「昔の友達からも電話がかかってきたりして」

「電話までしてくるんですね」

「今の会社の社長にも『あれ、どないなっとるんや』と声をかけられるし」


 この患者は営業だったが、その話は当事者ならではのリアルさがあった。


 まず、就職した当初。

 目の前でタイヤに穴をあけるのを見たそうだ。


「おっ『やっとる、やっとる』と思いましたね」

「まさか、それが日常風景だったんですか!」

「中古車屋とか修理工場とか、そんな所は多いですよ」

あきれるなあ……」

「ウチは親父が鈑金ばんきんやってたんで、驚きもしなかったですね」


 修理料金を水増しして損保会社に請求するのは普通にやっていたとか。

 損保会社の担当者もグルで、ちょっとお金を渡したりしていたそうだ。


「扱っている損保会社はほぼ3つなんですけど、ランクがありましてね」

「まあ大手といったら3つですよね」


 いつも診断書を書いている立場としてオレもよく知っている。


「お客さんに特定の損保会社を案内して契約が成立したら、給料に報奨金が乗ってくるんですよ」


 これまたニュースで話題の損保会社だそうだ。


「壊して直すマッチポンプみたいな事はディーラーでもやっているんですか?」

「やってないと思いますよ。ディーラーは修理の時に新品の純正部品を使うので十分に儲けが出るし。そもそも信用を傷つけるような事をしたらメーカーが黙っていないでしょう」


 ちょっとホッとした。

 オレ自身、学生の時にはもっぱら中古車に乗っていた。

 が、今は新車で買って後はディーラー任せだ。


「除草剤とか本当にいていたんですか?」

「撒くところを見たことはなかったです。でも働いていた3店舗とも店の前に街路樹はありませんでした」

「その時はもう除草ミッションが完了していたわけですね」

「たぶんそうだと思います。でも、営業所にはほうきとチリトリと除草剤が3点セットで置いてあったので、辻褄つじつまがあいますね」


 まだまだリアルな話は続く。


「もっぱら夜に働いている人がいましてね。『今日は全員定時で帰れ』とか言われるんですよ」

「何でまた?」

「ゴルフボールで叩くとか除草剤を撒くとかいうのを昼間にやるわけにいかないでしょ、近所の目もあるし」

「そりゃまあそうですね」

「社員の中にも新人の子がいたりするんで、話がややこしくならないよう夜にやっていたんだと思いますよ。僕がいた店では」


 なるほど、なるほど。


「あと、社長名で全社員に昇格と降格の名簿が送られてくるんですよ」

「メールか何かでですか?」

「そうですね。それで昇格は赤字、降格は青字で名前が書かれていて。今、テレビでコメントしている元店長も降格で四国だったか九州だったかに飛ばされていました」

「そんな何年も前の人の名前をよく覚えていますね」

「個人的に知っていたんですよ。その頃から正義感の強い人でした」


 ちなみにこの患者が中古車屋をめたのは正義感からではない。

 自分の営業成績を当時の店長に横取りされて大喧嘩したからだそうだ。


「テレビでニュースを見ていたら、懐かしいなあって思うんですよ」


 色々な不祥事を知っていきどおっているのかと思ったらそうでもないらしい。


 業界の常識や慣習ってやつはそれぞれで、きっとそとの人が理解できない部分があるんだろうな。


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