第510話 弱ってしまった男
前回は医師会の話をしたので、今回も少し述べたいと思う。
オレは医師会員の紛争解決のお手伝いをしている。
もちろん脳外科に関係したものだ。
大雑把に言えば、医師会員が訴訟を起こされた時に事情を聴いてアドバイスをする役目と言えばいいだろうか。
その日の面談は脊椎関係の事案だった。
脊椎疾患は整形外科医が治療する事が多い。
しかし、少数ながら脊椎を専門とする脳外科医もいる。
オレ自身は脊椎に詳しくはないが、担当者になったので出来るかぎりの支援をすることになる。
今回のは難しい疾患だった。
手術の後の症状が予想外に悪化したために訴えられたのだ。
「困ったなあ。えらいことになっちまった」
手術をした
「こんな……裁判の被告人になるなんて初めての事なんで」
被告人?
それは刑事裁判だ。
損害賠償請求で訴えられた場合は民事裁判で、被告と呼ばれる。
原告の主張は訴状を読めば分かるので、今回の面談でオレがするべきことは
大体、こんな事を尋ねることになる。
この患者は
手術をせずに経過をみた場合の症状はどうなることが予想されるのか。
どのような効果を期待して手術をしたのか。
逆にリスクについて患者にあらかじめ説明していたのか。
今回の症状悪化の原因は何が考えられるのか。
「うっかりした事を言ったら大変な事になってしまうぞ」
「
「えっ、本当の事を言っちゃってもいいの?」
「本当の事だけ言ってください、嘘や
「先生のお話を
「ああ、良かった!」
過失がなさそうだ、というと誰もがホッとした表情になる。
「過失がないわけですからビタ
「えっ、ちょっと待ってよ。多少の見舞金とか、そういうのは出ないわけ?」
「見舞金ってのはないんですよ。過失があれば賠償金を支払う、過失がなければ支払わないの
「やっぱり結果が悪かったんだから申し訳ないって……そういう気持ちは僕にもあるんだよね」
「過失が無いのに支払うとなると
「そうか……ダメか」
病院の事務方と弁護士とで今後の方針についての打ち合わせが始まる。
弱り切った
面談を終えて部屋を出たオレに医師会の男性職員が話しかけてくる。
「先生、ちょっとよろしいでしょうか?」
「いいですよ」
自分や家族の病気の相談をするときに、人は独特の表情をする。
この時の医師会職員もそうだった。
「私の母の事なんですけど、近所の先生に脊椎の手術が必要だと言われてですね」
「お母さんは
「今年、72歳になります」
「それは心配ですね」
「ええ。それで、誰かいい先生を紹介してもらえないかと思いまして」
息子が医師会に勤めているんだから名医を沢山知っているはずだ、と期待されるのも無理はない。
「私の知るかぎり、脊椎では
「えええっ!」
まさかの名前に職員は仰天している。
診療レベルが低いから訴えられたんだ、と思っていたのも当然だ。
でも、
今回の事案もそんな難しい症例の1つだった。
決して
それどころか名医中の名医と言ってもいいくらいだ。
とはいえ、医師会職員は
「
「もう1人あげるなら
「この近くでしょうか?」
「ええ、彼も名医だけど親切で患者さんにも評判がいいですよ。よかったら紹介状を書きましょうか?」
「是非お願いします。助かりました!」
相手が誰であれ、このような病気の相談をされる事は珍しくない。
そういう時のために、オレの頭の中には名医リストがある。
それに名医を紹介すると何故かオレの方が感謝される事が多い。
それにしても
いつまでも弱っていないで、名医らしく
頼むぜ!
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