第505話 術中に倒れた女

ある日の朝。

前夜の当直中に当直部に入院した患者を割り振りしていたときの事。

部下を罵倒する気陣きじん先生の話になった。(第502話 「罵倒する男」)


すると1人が「似たような状況を見たことがありますよ」と言い出した。

彼が大学病院で研修をしていた時のこと。

鬼怒多先生きぬたせんせいという無茶苦茶厳しい外科の教授がいたそうだ。


その日、部下の女医さんの手術の最中にも鬼怒多教授は怒鳴っていた。

で、突然その女医さんが倒れたのだそうだ。

当然、手術室から運び出し、術者が代わって手術が続行された。


後で女医さんが言ったのは……


「後ろから鬼怒多先生に厳しく指導していただいた時に、ですね」

「……」

「胸の奥にスッとあたたかいものがりてきて、その直後に意識を失ってしまったんですよ」

「で、どうなったんですか」

「ええ、消化管穿孔しょうかかんせんこうしていました」

「そんな馬鹿な!」

「やっぱりストレスは体に良くないですね」


体に良くないどころか、無茶苦茶な話だ。


かの気陣先生も困った人だったけど、この鬼怒多教授はそれにまさるかもしれない。

今では温厚な教授に代替わりして平和な医局になったそうだ。

それにしても消化管穿孔とは!

あきれた話もあったもんだ。


オレも手術室では普段よりイライラする事が多い。

が、口から出る罵詈雑言ばりぞうごんは気陣博士や鬼怒多教授の100分の1くらいだろう。

もちろんゼロにした方が良い。


助手がヘマをしても、直介看護師スクラブナースの準備が悪くても、怒りをギャグに変えて乗り切ろう。

怖い先生のグループに分類されてしまったら心外しんがいだからな。


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