第500話 リベンジする男 2
(前回からの続き)
前回の反省をもとに今回は開頭範囲を大きめにした。
そうすると
また、大きな開頭範囲の中から
幸い、今回はいくつかの候補がみつかった。
ざっとみて5ヶ所ほどだろうか。
側頭葉側に太めの血管が2本。
前頭葉側に細めのものが3本だ。
技術的には側頭葉側の血管の方が吻合しやすい。
が、血流は前頭葉側の方が悪そうに見える。
試しにICGを使って造影してみると、明らかに前頭葉側の血流が
吻合すべきは側頭葉か前頭葉か?
「どうせ中大脳動脈は起始部で閉塞しているんだから側頭葉側につないでも前頭葉に流れるんじゃないですか」
よし、側頭葉側に吻合しよう。
角度的にもやりやすいし。
くも膜を切ってレシピエントとなる中大脳動脈の枝を露出する。
裏側の細い枝を
緑色のシリコンシートを滑り込ませる。
次に浅側頭動脈断端の処理だ。
トリの
が、幸いな事に人間の血管はトリより素直だ。
外膜を除去してツルッとした血管壁を露出する。
斜めに切って断端を着色し、色素を
この視認性というのが手術では大切だ。
操作がうまく行かない原因の半分は、よく見えないことにある。
逆に視認性を上げれば格段にやりやすくなるのだ。
聞くところによると、断端に色素を塗布するというアイデアは夜の街から生まれたのだとか。
とある高名な先生が病院の近くのキャバレーに行ったときのこと。
そこの
血管の断端を着色すればやりやすくなるんじゃないか、と。
以来、日本中の脳外科医が血管の断端に口紅ならぬピオクタニンブルーを塗ることになった。
自らの唇がそんな形で脳外科手術の進歩に貢献していたと知ったら嬢もびっくりだろう。
それはさておき。
次は中大脳動脈側の処理だ。
こちらは血管の表面に切り口を作らなくてはならない。
丸く切り抜く流派と直線に切り抜く流派がある。
オレは双方とも何百回と試して比較した。
綺麗に切り抜けるのは丸い形だが一発勝負になってしまう。
一方、直線的に切ると、後で切り足すのが容易だ。
今回は後者の方法で行った。
少し足りない部分は切り足して2本の血管の断端のサイズを合わせる。
すでに中大脳動脈の血流は遮断している。
もう後戻りはできない。
あらかじめ浅側頭動脈に通しておいた針糸を中大脳動脈にも通す。
右手に持った持針器の調子も良い。
むしろいつも練習で使っているものより手に
何しろ練習用持針器はアマゾンで買った1万円くらいのものだからな。
そりゃあ10万円の持針器の方が使いやすいに決まっている。
「
オレは手術中はしゃべりっぱなしだ。
各操作の意図をすべて助手に伝える。
「よし、うまくステイスーチャーが出来た。次は側面を合わせよう。まず真ん中から縫うぞ」
左右の血管壁を比較すると右側の方がやりやすそうだ。
先に右から縫うことにする。
「ここでいいかな?」
「OKです」
慎重に2ヶ所のステイスーチャーの中点にあたる部分の中大脳動脈に針を入れ、
「血管壁を
「はい」
「
「そうですね」
次に遠い側の2本の血管壁に針糸を通す。
これも裏縫いしないように何度も確認した。
さらに近い側の血管壁にも針糸を通した。
「裏縫いしていないか確認するために左側から
「大丈夫みたいですね」
「じゃあ結紮だ」
今度は手前からまとめて結紮する。
「手前からやるのは糸が
「なるほど」
「それと、拾う側の糸を短めにしておくと
助手にコツを教えながら操作を進める。
「結紮のときにちょっと強めに引っ張って折り目をつけておくと、第2結紮や第3結紮でも糸を拾いやすくなるからな」
「色々考えているんですね」
手術操作というのは細かい工夫の積み重ねだ。
「あと、結紮した糸を切るときには短めにしているわけよ、オレは。そうすると隣の結紮に干渉しないでしょ」
「ああ、長いと巻き込むことがありますもんね」
右側の結紮を終え、左側にうつる。
こちらも何度も血管壁と
そして縫合が等間隔になるようにする。
そうしておけば
ついにすべての結紮を終え、糸を切った。
あとは遮断解除するのみ。
泣いても笑っても真実の時はやって来る。
手術は結果が全てだ。
オレはクリップ
(以下、続く)
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