第493話 手抜きをする男
「画像検査が出来ないので診断がつかないです」
「検査ができなくても病歴と身体所見で何とか診断して作成しろよ、保険会社に出す書類くらい!」
オレは心底イライラした。
患者はカナダから夫とともに日本に旅行で来た30代の女性だ。
トイレで立った時に腰が痛くなり、ウチの救急外来を受診した。
妊娠しているので検査にも投薬にも制限を受ける。
CT撮影は
画像検査が出来ないなら出来ないなりに診断をつけろ、というのがオレの言い分だ。
だからついつい研修医に対しても厳しく言ってしまう。
「そもそも腰痛ってのは内臓疾患が原因の事もあるし、関節や筋肉という整形外科的なものもあるよな」
「はい」
「腰痛を来す内臓疾患ってのはどんなのがあるかな?」
「ええっと。腎結石とか」
「それから?」
「大動脈解離でしょうか」
「他には?」
「イレウスとか」
「イレウスで起こるのは腹痛だろ、やっぱり」
腎結石と大動脈解離くらいが出れば研修医としては上等か。
「背中が痛くなるんだから
「……」
「腎臓とか尿管とか膵臓とか大動脈とか……」
背中側にある臓器を
そちらに
「だから膵炎とか腎盂腎炎とか尿路結石とか。腎梗塞なんてのもあるよな」
研修医たちは沈黙している。
「じゃあ、内臓疾患と整形外科疾患とどちらが危ないかな」
「内臓疾患でしょうか」
「そう。整形外科疾患なんかいくら痛くても大したことはないわけ。ただ、唯一の例外として整形外科医を
「……」
「膀胱直腸障害を来した椎間板ヘルニアだ。即座に手術しないと後遺症が残ってしまう」
突然やってきて整形外科医たちの私生活を破壊してしまうのがこの疾患だ。
オレの知り合いの整形外科医は自らの結婚式の前の日に緊急手術をする羽目になった。
もちろん手術される側ではなく、手術する側だったけど。
癌の脊髄転移で
話がそれてしまうので、そちらに言及するのはやめておこう。
「じゃあ、この人は内臓疾患か整形外科疾患か、どっちになるかな?」
「ただの推測ですけど、整形外科疾患でしょうか」
「そう、じっとしていたら痛くないけど、腰を曲げたりした時に痛いんだろ。まさしく関節や筋肉の痛みじゃないか」
どこにMRIの入る余地がある!
画像検査が出来なくても診断は可能だ。
「あのなあ、尿路結石なんてのは痛みが腰に貼りついているんだ。腰を曲げようが伸ばそうが痛みの程度も変わらん。そういうのが内臓疾患による腰痛ってわけ!」
オレは
尿路結石の痛みは腰に貼りついて動かない。
でも、ギックリ腰は明らかな
腰を曲げたり
よく年老いた先生方が「最近の若いモンは画像診断に頼ってばかりだ」と愚痴をこぼしている。
オレも賛成だ。
が、オレの身体診察は「手抜き」のためのものだ。
想像してくれ、MRI撮影の手順を。
まずカナダ人女性にMRIの何たるか、その必要性、危険性、得られる情報、想定される疾患を英語で説明しなくてはならない。
あの人たちは自分が納得しないと前に進まないからな。
その上でMRI室にストレッチャーか何かで連れていくわけだけど、「やっぱり怖いからやめる」と途中で言い出すことも十分にあり得る。
それを説得して、1つの撮影が終わるたびに "
考えただけで気が
それに比べたら身体診察で診断する方が
「腰を
「腰の前屈で痛かったら椎体の圧迫骨折だ。
「
「おしっこが出ないって? そいつは
身体診察ってのは人間修行じゃない。
皆が大好きな「手抜き」なのよ、分かってもらえるかな。
こうしてガミガミ言ってたらオレも年寄りの側に分類されてしまうかもしれない。
でも、
これも新たな医学的発見なのかもしれない。
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