第481話 頭を剃った男

 早朝の救急外来ER


 たまたまいた外科の鶴島つるしま先生が泌尿器科のスキンヘッド先生に質問をしていた。


「先生の頭はその、散髪に行ったりしているんですか?」


 なんとまあ、どストレートな質問!

 でも誰もが知りたい秘密でもある。


「いや、自分で剃ってるよ。ほんで先生の次の質問はシェーバーか剃刀か、やな」

「あの、そこまではまだ……」

「これまでの人生で100回くらいはかれたから遠慮せんでもええで。両方使っとる」

「両方ですか」

「電動シェーバーで大体やっておいて、最後にシックの5枚刃で剃っとるんや」


 なるほど。


「その次の質問は『毎日剃るんか』か、それとも『なんで剃ったんか』って事か?」

「りょ、両方です」

「あかん、質問は1つだけや」

「じゃあ、あとの方で」


 オレもそっちの方に興味があるぞ。


「実はな、20代の頃に髪の毛が薄くなってもてカツラを乗せてたんや」

「そうだったんですか! 驚きました」


 オレも仰天ぎょうてんした。


「で、結婚したら嫁はんに『カツラ取ってまえ、頭剃ってまえ』って言われてな」

「奥様にですか?」

「もうカツラも嫌になってたから、取った上に勢いで剃ってもたんや」


 無茶苦茶だ。


「以来、ずっとスキンヘッドや。頭を洗うのなんか30秒やし、楽やぞ」

「確かに」

「その次の先生の質問を当てたろか」


 その次の質問……って。


「カツラとスキンヘッドのどちらが女にモテるのか、それやろ!」

「は、はあ」

「知りたいか?」


 思わずオレは横から口をはさんでしまった、「ぜひ教えて下さい!」と。


端的たんてきに言えば……スキンヘッドの圧勝や」

「ホントですか、それ?」


 鶴島先生とオレは揃って間抜けなレスポンスをしてしまった。


「未婚か既婚かとか、年齢とか、色んな交絡因子こうらくいんしが入ってくるけどな。おまけに N=1 やし」


さすがにこの辺は医師らしい冷静な分析。


 本当にカツラとスキンヘッドのどちらが女にモテるのかを検証したければ、未婚同士と既婚同士で年齢をマッチさせた上で、少なくとも数十人単位のグループで比較しなくては統計的に意味がない。

 あるいは数百人とか数千人とかの集団で重回帰分析を行うという方法もある。

 もちろん何をもって『モテた』とするのか、その定義も必要だ。


 そこらをキチンとしない事には科学的な検証を行ったことにならない。

 が、オレが知りたいのは肌感覚であり、厳密さを求めているわけではない。


 きっと鶴島先生も同じ気持ちなんだろう。


「実は……私も最近薄くなってきまして」


 見れば分かるよ、鶴島先生。


「妻子ある身ではあることはあるのですが……」

みなまで言うな。嫁はんがおっても女にモテたいってことやろ」

「いや、その」

「決して浮気するつもりはないけど、最小限の邪念じゃねんが残っとるわけやな」

「そうなんですよ」


 そんなに人の心を読んでどうする!


 と、スキンヘッド先生はオレの方を向いた。


「今、ワイの事を超能力者やと思わんかったか?」


 図星ずぼしだ。


「心配するな、99%の男が心の中で思っていることやろ。あとの1%はオカマやな」


つまり、その1%は女ではなく男にモテたいと思っているわけか。


「先生らも薄くなってきたらな、無駄な抵抗せんと剃ってもた方がエエで」


 ふと気がつくと鶴島先生の顔が引き締まっていた。

 何事かを決意したような表情だ。

 まさか本当に剃ろうってわけじゃないよな。


 確かにスキンヘッド先生は女性患者に人気がある。

 特に80歳とか90歳とか、高齢者にファンが多い。


 でも、それだと鶴島先生の期待とは微妙にズレているような気がするんだけど。


 今さら余計な事は言わないでおこう。

 に受けた鶴島先生が剃ってしまったら笑えるし。


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