第479話 代わりに怒られる男

ある日の事。


オレの机の上に病院事務からの書類が乗っていた。

総合診療科をローテートしている初期研修医の超勤が月100時間を超えているので現状を分析し改善策を出した上で委員会に出頭せよ、とのこと。


確かにそこには100時間を超えた数字が並んでいる。

中には働き過ぎて不眠になったのもいるらしい。


まず現状を書くことから始めた。

・総合診療科のデューティーは毎週火曜日午後のカンファレンスへの出席のみ。

・3科申し合わせで初期研修医の受け持ちは2人までとしている。


3科申し合わせというのは、研修医のローテーションが総合診療科単独ではなく、膠原病内科とか内分泌内科などと抱き合わせ3科で1つのグループになっているからだ。

だから各診療科での研修医1人あたりの受け持ちは2人まで、という紳士協定を結んでいる。

ところが5人くらいの受け持ち患者を平気で研修医にあてる診療科もあるので油断がならない。


この前も膠原病内科の部長に廊下で出くわしたのでその事を指摘した。


「先生のところが定員オーバーの患者を研修医にあてるんで、僕がこれからおこられに行くのですけど」


そうしたら上手うまくとぼけられてしまった。


「すまん、すまん。つい教育に力が入ってしまった」



回答用紙には現状分析だけでなく改善策も書かなくてはならない。

・決めごとを徹底するようスタッフに周知する。


もう他にやれることもないし。


しかしなあ。


月100時間の超勤ってのは1週間に25時間の超勤ってことでしょ。

その程度で真っ当な医者が育つのか?


自分の若い時を振り返ってみる。

ある年の国勢調査で1週間の労働時間を記入する欄があった。

計算した総労働時間は週88時間だった。

なんか語呂が良かったので今でも憶えている。

月あたりに換算すると216時間の超勤で、受け持ち患者数は15人だった。


当然、不眠などとは縁がない。

慢性睡眠不足だったのでいつでどこでも眠れた。

人間、極限まで働くと食欲も金銭欲も吹っ飛んでしまう。

残るのはひたすら睡眠欲のみだ。


やってみれば分かる。


ただ、今は令和の世の中。

うっかり「オレの若い頃は……」などと口走ったりすると、「もう昭和の時代じゃありません!」と批判されてしまう。

だからリアルでは口に出さず、カクヨムで愚痴をこぼすだけだ。



初期研修医に比べて働き過ぎなのは脳外科のレジデント達だろう。


夜中までかかる長時間手術でも、休日の緊急手術でも、何処からともなく連中は手術室に湧いてくる。

それも1人や2人ではなく、4人も5人もだ。

そして勝手に手を洗って手術に入ってきて、オレが術野から弾き飛ばされてしまう。


修行ってのはそのくらいの熱意でやるもんじゃないのかね。

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