第477話 輸血を訴える男
オレは手術室のモニターをみながらやきもきしていた。
モニター画面にうつっているのは脳腫瘍。
ある程度の出血を許容しつつ、術者は摘出を優先している。
正常脳の止血ならともかく、いずれ摘出してしまう腫瘍からの出血を止めるのは虚しい。
だから摘出を優先するのは当然の判断だ。
しかし、
今がまさにその状況だ。
オレは麻酔科レジデントに声をかけた。
「今、出血量はカウントでどのくらいですか?」
「150ですね」
本当に150なら知れたものだ。
でも、術中の出血量測定はあてにならないことがある。
「こちらの感覚では500くらいは出ていますよ。必要なら遠慮なく輸血してください」
「分かりました。でもヘモグロビンもまだ10以上ありますので」
手術中に輸血に踏み切る基準というのがある。
オレが麻酔科医をしていた時は「1000 - 年齢 x 10」を目安にしていた。
だから30歳なら700mL、60歳なら400mL出た時点で術者に輸血するべきか否かを尋ねる。
もちろん誰でも自分の患者が大事だ。
だから「輸血せずに頑張ってくれ」という術者には遭遇したことがない。
皆、待ってましたとばかり「ぜひお願いします」と返答してくる。
また、血中のヘモグロビン値も1つの指標となる。
一般に健康な人のヘモグロビン値は15前後だ。
出血すると、血液が輸液で薄まってヘモグロビン値が下がってくる。
厚生労働省や日赤の提唱する輸血開始の目安はヘモグロビン値が6~7程度だ。
が、これは胃潰瘍や過多月経などで何日も何週間もかけて少しずつ出血した場合のこと。
手術中の出血にこの基準をあてはめるのはリスクが高すぎる。
だからオレにとっての基準は10だ。
ガイドラインを守りたい奴は勝手に守ってくれ。
だけど自分の患者だけは死なせない、というのが偽らざるオレの気持ちだ。
いくら非難されようが早めの輸血を心掛けている。
もっとも脳外科手術中の輸血開始は麻酔科医の権限だ。
だから、麻酔科医が交代するたびに「必要なら遠慮なく輸血してください」とオレは訴え続けた。
ようやく手術終盤になって輸血が開始された。
これでヤキモキせずに手術に専念できる。
輸血の次に大切なのは終了時刻。
「いつになったらこの手術は終わるんだろう?」という空気が長丁場の手術室に漂い始める。
外回りナースにも、麻酔科医にも。
だからオレは再び麻酔科医に声をかけた。
「もう終わりが見えてきました。後は止血したら閉頭にかかります」
目に見えて皆の表情が
止血、閉頭、体位変換などを考えると、手術室を出るまであと2時間はかかるだろう。
でも、終わりが見えてきた、という言葉でコミュニケーションを図る事が大切だと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます