第472話 ナースに辞められた男

オレは一時期、私立医大附属病院の脳神経外科に勤務していたことがある。

自分も駆け出しの頃だったので、レジデント達と一緒に日夜働いていた。


今日はその時のメンバーでの同窓会だ。


当時の同僚の多くが開業もしくは医院を継承している。

スピーチでは自院の苦労話が尽きない。


あるクリニックの院長は、ナースに辞められた話をした。


「女の人が辞めるときってのは本当の事を言いませんから」


女性に限らず、辞める時は皆そんな気がする。


「クリニックでは何もかも彼女に頼っていて、私の右腕のような存在でした」


で、彼女の後任が見つかるまで仕方なしに色々な雑事を自分でやることになったそうだ。

具体的には薬や物品の管理、書類の管理、その他モロモロ。

やってみると色々な無駄が見つかった。


ついには自分の方がよっぽど仕事が速いことに気づいた。

それに彼女の人件費が丸ごと浮き、クリニックの経営が随分楽になったとの事。


皆が熱心に聴いていた。

症例の話より遥かに興味を持ったようだ。


この院長、その日はオレの隣の席だったのでプライベートな話もした。

最近、銀行から8000万円ほど借りて家を建てたそうだ。

そんな大金、よく借りるなあと思う。

オレみたいな小物は返すことを先に考えてしまう。

でも、彼はそんなことは何も考えていないみたいだ。


どれだけの借金をできるか、というのもその人の器を測る尺度だと思う。


別の病院の理事長は10ウン億円を借りて新たな病棟を建てたと言っていた。

大したもんだ。


やはり私学出身だとこの辺の感覚がずいぶん違う。

今の年齢で脳外科勤務医を続けている人間なんかごく僅かだ。


一方、オレの母校の出身者では開業医の方が少数。

いくら入学試験の偏差値が高くても自慢にはならない。

定年過ぎたら私学出身の理事長に雇ってもらう事になるわけだから。


結局、誰に対しても丁寧に接しておくのが1番だ。


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