第470話 本に人生の影響を受ける男
「1冊の本を読むことは、1人の女と夜を過ごすみたいなもんだ」
そんな諺を耳にした事がある。
普通は馴染の薄いものを良く知っているもので喩えるはず。
だから、この諺の主は読書より情事に力を入れていたのだろう。
それはともかくとして。
本には人格があるのか、読者との相性の良し悪しがある。
というのも、オレは多くの脳外科の教科書を持っているが、いつも読んでいる手術書は限られているからだ。
その2冊を紹介しよう。
「脳血行再建術」(
お二人とも北大出身だが、宝金先生はなんと北大総長になってしまった。
上山博康先生の方は言わずとしれた「神の手」だ。
「神の手」の称号を
この本の面白いところは、右手に何を持ち、左手に何を持ち、どういう回転半径でどういう動作をする、といったコツに当たる部分を延々と述べているところだ。
例えば、2本の鑷子を使って細い糸を結紮する時、「左手で持った糸で作るループは大きめにしておき、右手で持つ糸は先端を短めにするとスムーズに行く」など。
こういった職人芸の部分を言葉にするのはとかく軽視されがちだが、オレは大変な価値の有る事だと思う。
もう1冊の方。
「脳神経外科手術の基本手技」(永田和哉、河本俊介)
こちらのお二人は東大出身だ。
永田先生は福島孝徳先生のお弟子さんだが若くして亡くなった。
この教科書では「皆がやっているこんなやり方では上手く行かない。正しくはこうすべきだ」と記述している部分が多い。
たとえば「髄膜腫の手術中に一部を切除して術中迅速に提出したとする。多くの人はそのまま内減圧に向かうから出血ばかりで手術が進まなくなる。ここは一旦引いて、腫瘍への栄養血管を止めなくてはならない」と述べている。
「こうやったら失敗するから、こうしなさい」という記述は大変説得力がある。
自分には手に余りそうな手術をしなくてはならない時。
気がつけばいつもオレはいつもこれらの教科書を読んでいる。
この2冊はオレの医師人生に大きな影響を与えたといっても過言ではない。
願わくばこの「診察室のトホホホホ」も誰かの人生に良い影響を与えたいものだ、と思う。
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