第468話 貧血に悩む男

 整形外科から総合診療科へ入院患者についてのコンサルトが来た。


 術後の感染がずっと続いていて、長い間、抗菌薬を使っている。

 発熱や明らかな創部感染は認めないがCRPがいつまで経っても陰性化しない。

 そういった経過だ。


 CRPというのは炎症をあらわす目安になる。

 だから感染がくすぶっている状態と考えればいいのだろうか。


 で、相談というのはこうだった。

  貧血がある。

  元々8台だったヘモグロビン値が7台になり、6台になったので輸血した。

  便潜血は2回調べていずれも陰性だった。

  このままの治療でいいのだろうか。

 そんな感じだった。


 整形外科医らしい大雑把なコンサルト内容だ。

 これに対して総診の皮をかぶった脳外科医のオレが答える。

 ……って、そんな事でいいのか?


 ただ、整形外科医にとって複雑に細分化した〇〇内科のどこにコンサルしたらいいのか不明だ、という事情がある。

 それにうっかり〇〇内科から難解な回答をもらっても彼らには理解できないってのもあるだろう。

 だから総診だ、だからオレだ。


 で、これまでの経過をオレはカルテで確認した。


 抗菌薬はかれこれ3ヶ月ほど使っている。

 ヘモグロビンの数値は7台と8台を行ったりきたり。

 時に6台になることもある。

 そして鉄剤がずっと投与されている。


 ありそうな経過だ。


 オレは答えた。


 おそらく長期感染症による慢性消耗性の貧血だと思われる。

 それがベースにあるからヘモグロビン値に波があるのは当然だ。

 ヘモグロビン値が下がったら輸血をするという対症療法が基本になると思う。


 その上で。


 急に貧血が進行した場合、消化管出血を疑って内視鏡検査を検討するべきだ。

  ただ、便潜血が2回とも陰性で、しかもBUNの上昇がみられない。

消化管出血があると、その血液が体内に吸収されてBUN上昇がみられる。

 出血があることの間接的な証拠だけど、BUNは正常範囲。

 そうなると内視鏡を行う正当性が曖昧あいまいになってしまう。

 だからなかなか消化管内視鏡ってわけにはいかない。


 一方、鉄剤が投与されているわりにはモニターがされていない。

 フェリチン、TIBC、UIBC、血清鉄を定期的にみて病態把握につとめるのは基本だ。


 鉄欠乏以外にも貧血の原因となるビタミンB12、葉酸、エリスロポエチン、銅や亜鉛も調べておいた方がいい。


 念のため、血液内科にコンサルトして再生不良性貧アプラ血や骨髄異型性症候群 M D S の有無を確認してもらおう。


 ここまでコンサルトの回答を書きながらふと思った。


 最初から血液内科に相談すればいいじゃん!

 彼らなら貧血のマネジメントにけているはず。


 でも、思い直した。

 返ってくる答えなんか見えている。


 骨髄穿刺マルクをしました。

 〇〇病や××症候群のような血液疾患はありませんでした。

 当科的疾患の可能性は極めて低いです。

 以上。


 やっぱり総診だな。


 でも、オレなんか単なる脳外科医にすぎない。

 あんまり難しい事を相談されても分からんよ。


 まあ担当医が色々悩んだという事は想像できる。

 整形外科の中には相談する相手もおらず、それで総診にコンサルトしてきたんだろう。


 だから総診が求められる役割ってのは、担当の整形外科医と一緒に悩むことかもしれない。



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