第465話 乱暴者対策をする男

「これこれ、ここに日本刀で切り付けられたあとがあるんですよ」


 事務部長は院内を案内しながらオレたちにそう説明した。

 グループ内の別の病院だが、いわゆるラフ・エリアに建っている。

 だから乱暴者たちがやってくるのだ。


 なかでも極めつけは何年か前に日本刀を持って乗り込んできた馬鹿だ。

 振り回した日本刀が壁にかけていた絵画の額にあたって傷がついた。

 病院では、なぜか傷のついたまま飾っている。


 で、ここの病院では2つの対策を立てた。

 これら2つの対策が思いのほか有効だったそうだ。



対策その1


 救急外来の外に看板を出した。

「検査で違法薬物が検出された場合には直ちに警察に通報します」と書かれている。

 実際のところ、尿から違法薬物が検出されても直ちに警察に通報とはならない。

 なぜなら医師には守秘義務があるからだ。

 守秘義務があるからこそ患者は何でも話をすることができる。

 だから尿を調べるのはあくまでも治療のためであり、通報のためではない。


 また、警察の方もあまりヤル気を見せないことが多い。

 たとえば交通事故による意識不明で搬入されてきた患者が違法薬物吸入セットみたいなものを持っていたことがある。

 同行してきた警察に「こんな所持品がありましたよ」と見せても、「それが何か?」みたいな反応しかなかった。

 交通課だから違法薬物に興味がないのか、犯罪を構成する要件を満たさないのか、それは分からない。


 だから「検査で違法薬物が検出された場合には直ちに警察に通報します」という文言はかなり異例のものだ。

 そもそもうっかり警察に通報したら、こちらが刑法134条第1項の守秘義務違反に問われてしまうかもしれない。


「もし相手方の弁護士に『警察に通報するなんて守秘義務違反だ、違法じゃないか!』と糾弾されたらどうかわすつもりですか?」


 その病院の医師に尋ねてみたことがある。

 すると返ってきた答えは驚くべきものだった。


「確かに通報することは違法かもしれませんが『通報します』という看板を立てかけておくのは違法じゃないでしょ。私の知る限り通報した事は1回もありませんよ」

「なるほど、屁理屈へりくつではあるけど」


 オレは感心した。


「1番いいのは看板を立ててから反社の人たちが寄り付かなくなった事です」

「なるほど」


 何ら法律的根拠のない看板だが、案山子かかしみたいな効果はあったわけだ。



対策その2


 もう1つの有効な対策というのはコード・ホワイトだ。


「ドクター・ホワイト。救急外来でお連れ様がお待ちです」という院内放送が鳴ったら、手の空いている職員は直ちに救急外来に駆け付けることになっている。


 10人とか20人とかの職員に囲まれると暴言を吐いていた乱暴者も急に大人しくなる。


 で、最初に駆けつけた回数が年間を通じて1番多い人間が表彰される。

金一封つきだ。


 ただ、相手が日本刀の場合にどうするのか、そこまでは聞かなかった。

 自分達で何とかしようとするのは間違っている。

 まずは警察に通報するべきだ。


 オレはそう思う。

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