第459話 愚痴を聞く男

「ちょっと愚痴を聞いてください」


 憤懣ふんまんやるかたない様子で電話してきたのは診療看護師の茨城くん。

 なんでも某診療科のレジデントと一悶着ひともんちゃくあったそうだ。


 というのも、通院患者からその診療科の外来に連絡があったらしい。

 熱が出たので診てほしいというもの。


 もちろん病院はコロナ診療体制を解除していない。

 だから発熱患者が診療科の外来に直接来るってのは御法度ごはっとだ。

 まずはER横の発熱外来で当番の茨城くんが受けることになる。

 彼は個人用防護具PPEを着てインフルエンザ・コロナ迅速だけでな く採血や血液培養までやった上でルートをとって入院させた。


 ところがその診療科のレジデントに「何で俺を呼ばなかったんだ」と言われたのだそうだ。


「せっかく親切で血液培養もルートもとってあげたのに、そんな事まで言われないといけないですか?」

「確かにわざわざ電話しなくても電子カルテを見たら患者が来ている事くらい分かるよな」

「第一、個人用防護具PPEを着ていたらPHSを持つ気になりませんよ」


 確かにその通りだ。


「でも、何でまた呼んでもらいたかったのかね、そのレジデントは?」

「よく……分からないです」

「彼、そんな熱心な奴じゃないだろ」

「そうですね」

「ひょっとしてあれか? 自分のところじゃなくて他所よそにブン投げようとしたんじゃないかな」


 通常、外来患者というのは複数の診療科にかかっている。

 だから自分の所に助けを求めてきても、理由をつけて他の診療科に押し付けてしまえば楽だ。


「だいたいレジデントの思いつく手抜きなんか、オレ自身がこれまでの人生で何十回も使ってきたからな。何もかもお見通しだぜ!」

「先生、それもちょっとどうかと思うんですけど」

「今頃は週末がつぶれてしまって泣いてるんじゃないかな、あいつ」


 金曜日に高熱の患者が入院したら担当医は土曜日も日曜日も病院に様子を見に行かざるを得ない。

 患者が急変でもしたら週末の予定が吹っ飛んでしまう。

 子供の運動会も、友人の結婚式も、自分が施主せしゅをつとめる法事も、何もかもだ。


 一応、病棟当直医がいる事はいるが、何かしてもらう事を期待したらガッカリさせられる。

 かつて「先生、〇〇さんが40度の発熱です!」とコールされても「ほっとけ」と言うだけの当直医がいた。

 この先生は本郷という名前だったので、いつしか「ほっとけホンゴー」と看護師たちに呼ばれるようになったくらいだ。


「ざまあ見ろ、だな」

「そこまで言わなくても……」

「人に暴言を吐く奴は自分にかえってくるんだ」

「何だかあの先生が可哀そうになってきました」


 茨城くんはどこまでもいい人みたいだ。


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