第458話 女子大に勤務する男

「もう辞めようかと思っているんだ。20年間も勤めてしまったからなあ」


そうオレに言ったのは某女子大の教授。

といっても元は内科医だ。

今も週1回程度、クリニックでアルバイトをしているとか。


あまり知られていないが医師のキャリアパスの1つに女子大の先生というのがある。

医学とその周辺領域の講義をするために重宝されるのだ。

オレの同級生も何人かやっている。

医療訴訟の脅威に怯えながら診療をするよりも余程気が楽だ。


「でも、僕なんか女子大の先生と聞いたら憧れますよ」

「いやいや給料は安いし、通勤は2時間かかるし」


大学は隣県にあるのでそのくらいかかるのだろう。


「毎日旅行しているみたいなもんだよ」

「そりゃ大変ですね」

「唯一のメリットというのが自由な事だったんだけどね」

「最近は厳しくなってきたんですか?」


以前は適当に休んでも何も言われなかった。

もちろん休講は学生に喜ばれる。

でも、今は厳密に決められた時間の講義をしなくてはならない。

それにデューティーは増える一方だとか。


「医師だからといって給料を沢山貰えるわけじゃないんですか?」

「そうそう。大学に週4日行くのと医者として週1日半働くのが同じくらいかな」

「そりゃつらいですねえ。でも先生の場合はお子さんが小さいからまだまだ働かないと」


この先生の場合、50歳過ぎてから出来た子供がいるので引退するわけにはいかない。


「だから女子大の方は辞めて、医者の方に専念しようかとも思っているんだ」

「まあ、お医者さんだったら頭を使わずに済むから、気が楽な面もありますね」

「いやいや、ずっと勉強しないと追いついていけないから」


特に内科の場合は常に勉強が必要だ。

知らないうちに新しい病気や新しい薬が増えてしまう。


「もし、先生がその気なら是非とも総合診療科に来てください。誰でも大歓迎ですから」

「それはちょっとハードルが高すぎるんで、健診のアルバイトあたりからかな」

「そう言わずにお待ちしていますよ」


オレは人の顔を見たら総合診療科へのリクルートをしている。

医師しかり、診療看護師しかり。


時が経つにつれて様々な理由で人は辞めていく。

だから常に補充しないと総合診療科そのものが消失してしまうからだ。


それにしても皆が漠然と憧れている女子大の先生。

内情は厳しそうだ。


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