第457話 昏睡体位で寝る男

オレはいくつか持病を持っている。

その1つが睡眠時無呼吸症候群すいみんじむこきゅうしょうこうぐんだ。

夜、寝ているとイビキが大きく、しばしば呼吸が止まる。

妻によれば30秒とか1分とか、全く息をしていないらしい。


それで寝ているときの酸素飽和度を測定してみた。

確かに90%を切っている。


そこで睡眠専門クリニックを受診した。

一晩入院して本格的に調べると、やはり睡眠時無呼吸症候群であることが確認された。

次にCPAPシーパップという呼吸を補助する器械を装着して眠ってみる。

すると、今度は無呼吸が改善している。

ということで、いつもCPAPを装着して眠ることになった。


が、そんなものをつけたら逆に眠れたものじゃない。

肺に入るはずの空気が胃にも入って苦しい。


睡眠クリニックの院長によればCPAPを着けて眠れない人が3割ほどいるらしい。


次の手段としてはマウスピースの装着がある。

紹介された歯科医に通ってマウスピースを作成した。

これを着けると下顎かがくが前に出て気道が確保され、呼吸が止まらないということだった。


マウスピースを装着すると顎関節がくかんせつが少々痛くなったが確かに無呼吸は出なくなった。

徐々に顎の痛みもなくなってくる。

ということで、今度はマウスピースを装着して眠る毎日となった。

このマウスピースを我が家では「入れ歯」と呼んでいる。


しかし、何年も使っているとマウスピースにヒビが入ってくる。

寝ている間に割れてしまったら危ない。

だから作り変えることにした。


が、かの歯科医院はすでに閉院していた。

繁華街にあり、土曜日もやっていて、常に空いている歯医者だったのに。

院長はただのオッチャンで、歯科助手のオバチャンも器量がイマイチだった。

オレは気に入っていたが、現代風いまふうではなかったのだろう。


ともかく、割れかけたマウスピースをつけるわけにはいかない。

だから何も装着せずに眠る事になった。

再び息が止まって妻に起こされる日々だ。


眠りが浅くなるのか、夜中に何度も目が覚めてトイレに行く。

夜に眠れていないせいで昼が眠い。

ダメだ、マウスピースを作り直さなければ!


マウスピースにも色々あるが、睡眠時無呼吸用のものは特殊だ。

そして土曜日でもやっている歯科医院でなくてはならない。

ネットで探したりしているうちに眠れない日々が過ぎていく。

眠れないというより、夜中に何度も起きる日々だ。


一方、寝るときの体位も色々工夫してみた。

仰向あおむけに眠るから舌根ぜっこんが落ちるわけだから横向けに眠るとかうつ伏せに眠るとかはどうだろうか。

105歳まで生きた内科医の日野原重明ひのはらしげあき先生の残した言葉にも「うつぶせ寝が長生きの秘訣だ」というのがあったような気がする。


が、やってみて分かるのは、うつ伏せでなんか眠れたものじゃない。

それなら、とパジャマの背中にテニスボールを縫い付けたり、布団を積み上げたり、抱き枕を使ったり、あらゆる方法を試してみた。


そして辿たどいたのがシムス、いわゆる昏睡体位コーマポジションだ。


これは意識障害のある人を寝かせるときに、吐いたものが気管につまらないよう、側臥位そくがい伏臥位ふくがいの中間的な姿勢をとらせることを言う。


初めてシムス位で寝たときには、遅刻しそうになった。

朝起きたときにはすでに周囲が明るく、外が晴れ渡っている。

家を出る時間まで眠っていたのだ。

知らない間に6時間も連続して寝ているとは。


全身に力がみなぎっているぞ。


昏睡体位こんすいたいいとはよく言ったものだ。

確かに昏睡患者にとらせる体位だが、昏睡したい人もこの体位が有効だってことだな。


もうね、オレは生まれ変わったから。

手術でも外来でも、どこからでもかかってきなさい!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る