第456話 仙人になった男

 言うまでもなく総合診療科には色々な訴えの患者が来る。

 今日来たのは「仙人になってしまった」という者。


 30歳前後の男性だ。


 今月の始めから食欲がない。

 午前2時頃まで眠れないのに朝6時に目が覚める。

 仕事のヤル気が湧いてこない。

 なんか退屈だ。


「ツレに相談したらキャバクラに行けって言われたんスよ」

「それで行ってみたんですか?」

「1時間くらい居たけど、面白くないから帰ってきたんです」

「なるほど」


 そもそもキャバクラってのは楽しい所なのか。

 オレは行ったことがないので良く分からない。


「以前はキャバクラに行ったら楽しかったのですか?」

「そうそう。キャバクラに行き過ぎたのも離婚の原因っすね」

「なるほど」

「マッチングアプリも使ってみたんですけど、マッチしても面白くないっす」

「食欲、睡眠欲、性欲とも無くなったって事は……ついに仙人になってしまったのですか!」

「そうなんスよ」


 全身的に症状が出ているとすれば心の問題か全身的な問題だ。

 何を見ても楽しくないというのは鬱っぽいが、この人からは全く暗さを感じない。


 そうすると、何らかの薬の副作用か。


「最近新しく飲み始めた薬とかありますか?」

「ないっすね。今のんでいるのも何年も同じだし」


 薬でないとするとサプリメント、健康食品、漢方薬なんかも可能性がある。

 でも、それらは全く使ったことは無いのだそうだ。

 比較的急に発症していることからすると感染症かもしれない。


「最近、何か病気になったとか?」

「病気?」


 まさかこの年齢で肺炎とか尿路感染にょうろかんせんはないだろう。

 髄膜炎ずいまくえんはあるかもしれない。


「髄膜炎とか咽頭炎とか風邪とか」

「無い無い!」

「インフルエンザとかコロナはないですか?」

「コロナだったら先月になって、大変でしたよ」


 コロナの後遺症という事だったら話が合うかな。

 なんせ新型コロナの後遺症ってのは何でもアリだ。


「ひょっとしてコロナから回復したら仙人になっていたとか?」

「そう言われたらそうかも!」

「あらゆる欲望が全部消えてしまったんですかね、金銭欲とかも」

「パチンコ屋に行っても1,000円だけで帰ってきました。ワクワクしなくなって」


 大抵の煩悩ぼんのうは有るより無い方がいいわけだけど。


「他はともかく、30歳で性欲が抜けてしまったら大変な事ですね」

「そうなんっすよ。離婚して相手がいないからって妥協できないっす」

「よく分かります。完全に枯れてしまうというのも不本意ですからね」

「衝動がなくなったら生きてても仕方ないっしょ」


 80歳でも風俗通いをしている患者も珍しくない。

 だから30歳かそこらで男を引退するってのも気の毒だ。


「先生、これ治るんスか?」

「1ヶ月や2ヶ月では治らないでしょうね。半年とか1年とかのつもりでいた方がいいと思いますよ」


 オレとしてはコロナで仙人になってしまった人が、どのようにして再び人間として覚醒するのか、その過程に興味がある。

 最初に復活するのは食欲か性欲か、はたまた金銭欲かもしれない。


「とりあえず来月も来てもらって経過を観察しましょう」

「お願いします」


 オレの難病奇病コレクションに1人追加だ。


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