第454話 アラーム疲れの男

「医療現場でも『アラーム疲れ』ってのがあるんですか!」


 そう驚いたのはエンジニアをしている義弟だ。


「あるある、病棟で鳴っているアラームの9割はニセモノだからな」


 オレはそう答えた。

 彼の職場でもアラーム疲れってのはあるのだろうか。


 アラームってのは目覚まし時計のアラーム音みたいなもんだ。

 患者につけている各種生体モニターが血圧低下や頻脈などの異常を知らせる。

 病室から無線で詰所つめしょに飛ばしていることが多い。


 アラーム音は「プルルルル」とか「ピコーン、ピコーン」とかやかましくて仕方ない。

 だから、消音ボタンを押して仕事を続ける。

 重要な機器のはずなのに目覚まし時計みたいな扱いをされてしまう。


 医療事故のニュースなんかを見ていると「生体モニターのアラームが鳴っていたのに無視した」「アラーム音自体を切っていた」などの報道が散見される。

「アラーム音を無視するなどしからん」とか「医療従事者はたるんでいる」という論調になりがちだ。


 でも、現場に行ってみればすぐに分かる。

 詰所ではおそらく1日に1000回ぐらいは各種アラーム音が鳴っている。

 そのうちのほとんどが間違いだ。

 モニター電極が外れたとか、患者が動いたとか、そんな事でもアラーム音は鳴る。

 毎日のようにニセのアラームにさらされていたら、疲れてしまって耳を通り抜けてしまう。

 これが「アラーム疲れ」とか「アラーム疲労」とか呼ばれる現象だ。


 このような事は20年以上前から言われている。

 これまで何度も生体モニターのメーカーに改良を申し入れてきた。

が、一向に改まらない。

 だからあきらめが現場を支配している。


 ただ、集中治療室ICUでは話は別だ。

 患者が動いたり電極が外れたりすることは滅多にない。

 だからアラーム音の9割は本物で、スタッフはすぐに対応する。


 最近はアラームに加えてアラートというものも使われ始めた。

 こいつがまた問題を増やしている。


 そもそもアラームとアラートはどう違うのか?


 日本語にするとアラームは「注意喚起」、アラートは「警告」だと思う。

 現場ではアラームは音で知らされ、アラートは電子カルテの画面に文章で出てくる。


 アラートの例をあげると……

 「処方薬よりもっと安価な同種・同効薬があります」

 「体重未計測のため薬剤量の正確性が保証されません」

 「この処方薬は妊婦・授乳婦には禁忌です」

など。


 あのなあ、目の前の患者が妊婦だったのは15年前だぞ。

 15歳の息子に授乳しているって言いたいのか?

 頭を使え、馬鹿野郎!


 毎回こんな調子だから疲れる。


 生体モニターも電子カルテもまだまだ発展途上なのだろう。


 報道機関もとお一遍いっぺんの記事を書くより、こういった問題を掘り下げて欲しい。



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