第453話 巧みな交渉をする男

 オレは食器洗いなどの単純作業の時には YouTube を聴いている。

 画面を見ることはできないのでもっぱら音声だけだ。

 内容は政治、経済、歴史、英語、F1、格闘技など多岐に渡る。


 そんな中、先日聴いた話の中に「なるほど!」と思うものがあった。


 とある空手道場師範の経験談。


 運転していた車が他の車と接触しそうになって急停車したそうだ。

 先方の車からガラの悪そうなオッサンが2人下りてきた。

 いかにもそのスジの人のようだった。

 手にはバールのようなものを持っている。


 一触即発の状況。


 この設定だと、つい空手師範がオッサン2人を叩きのめす、という展開を期待してしまう。

 が、この師範は名刺を出してこう言ったらしい。


「俺は近くで空手の道場をしている。家には女房と娘がいるんだ」


 先の見えない切り出しだ。


「ここで俺と兄さん達がやりあったら、どっちかが大怪我をするのは避けられない。そして怪我をさせた方は傷害罪で刑務所送りになっちまう」


 確かに怪我をした方は病院行き、させた方は刑務所行きだ。


「殴り合いをしてもお互いに良い事なんか何一つない。俺が悪かったんなら謝るから、それで手打ちにしないか?」


 それでガラの悪いオッサンたちは「それもそうだな」と言って帰っていったそうだ。

 瞬時に損得勘定ができるのが玄人くろうとだったともいえる。

 相手が素人しろうとなら頭に血が昇ってしまって、こうはいかなかっただろう。


 ここで上手うまいのは「五分五分ごぶごぶの手打ち」ではなく、口先だけでも自分が謝って「五厘下ごりんさがり」にしている事だ。

 少しだけ遠慮することによってたくみに本職の人たちのメンツを立てたのだろう。


 ちまたには「〇〇流交渉術」と称した書籍が沢山あるが、こういったエピソードも入れたらいいんじゃないかな。


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