第452話 チャンスをつかむ男

レジデント2年目といえば卒後4年目。

開閉頭はサマになってくるが、顕微鏡手術マイクロはこれからだ。


顕微鏡手術の入門編として浅側頭動脈生検STAせいけん浅側頭動脈採取STAさいしゅがある。

これらは失敗しても滅多に生命にかかわることはない。


その1つ上にシルビウスれつ経由での被殻出血ひかくしゅっけつの血腫除去があり、技術的難易度は1段階上がる。

患者はすでに片麻痺へんまひになっているので、それ以上に神経学的症状を悪化させることはあまりない。


が、血腫に到達するまでに細かい操作が続く。

だから、出血させたり、迷子になってしまったり、長時間かかったりして術者交代のを見ることが多い。


そもそも、「経シルビウス裂トランスシルビアンで血腫除去をやってみるか?」と言われて「是非、やらせて下さい」と間髪入れずに言えるためには普段からの心構えが必要になる。

さらに被殻出血というのは夜中に救急で搬入されることが多い。

突然、上級医に「やってみるか?」と言われても、多くのレジデントが引いてしまうのが現実だ。

でも、次のチャンスがいつ巡ってくるか分からない。

まずは挑戦することが大切だ。



数年前にいたレジデントは果敢に血腫に挑んだ。

名前は鹿島かしまくんとでもしておこう。


オレは手を洗わずに術野の外からモニターだけ見ることにした。

手術の担当は2年目レジデントの鹿島くんと1年目レジデントの露崎つゆざきくんだ。


レジデント同士といっても、さすがに開頭は難なく行う。

問題は顕微鏡操作がどのくらいできるかだ。


鹿島くんの操作は驚くほどスムーズだった。

もちろん要所要所でオレはアドバイスした。

いくら指示されても、言われた通りに手が動かないのがレジデントの常。


でも鹿島くんは「目の前のくも膜を切れ」とか「前頭葉に脳ベラをかけろ」とかいうオレの指示を的確にこなす。



レジデントにしては上出来の手術だった。


「なかなか良い操作だったじゃないか」

「恐れ入ります」

「かなり練習したのか?」

「ええ、トリの手羽先てばさきでやりました。くも膜を切るのとトリの血管を剥離はくりする操作は同じですね」

「何本くらいやったわけ」

「200本くらいだと思います」

「200本かよ!」


200本も練習すれば上達するはずだ。


「でも、2年間かかりました」

「2年間でも十分凄いよ。今回の手術は合格だな」


鹿島くんの顔は達成感にあふれたものだった。



ところが話はここで終わらない。


この時に助手をつとめていた露崎くん。

鹿島くんの鮮やかな手術をみて猛然と手羽先で練習を始めた。

が、その成果を見せる前に他院に異動となってしまった。


異動先で初めて出くわした手術症例が偶然にも被殻出血ひかくしゅっけつだったそうだ。

術者としてどのように血腫に立ち向かったのか、オレは見ていたわけではない。

が、手術が終わったときに一言、上級医に「合格!」と言われたそうだ。


同じ年代、同じレベルの人間が一緒に修行している時。

そこにはどうしても競い合いが生じる。

しかし、このような形での競争なら、それは健全なものだと思う。


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