第451話 「K2」を読む男

 第448話で紹介した「脳外科医 竹田くん」は徐々に話題になっている。

 巨大ネット掲示板の2ちゃんねるはもとより、「医療界の2ちゃんねる」であるm3でも話題沸騰だ。


 ここで面白いのは玄人と素人の反応の違いだ。

 m3では「これ、あるあるだよな」とか「今は〇〇病院に勤務しているらしいぞ」とか、そんな感じ。

 一方、2ちゃんねるの方では「竹田くん、ひどい!」とか「こんな医者がいるなんて」など、まともな反応ばかりだ。

 あの無法地帯の2ちゃんねるにもナイーブな一面があったということか。


 それはそうとして2ちゃんねるには「『竹田くん』を読んだショックを解毒するために『K2』を読んだ」というコメントが案外多かった。


「K2」だと……

 オレは知らんぞ。

 山の名前か?


 で、早速ネットで検索して読んでみた。

 講談社のサイト、「コミックDAYS」というサイトでは無料で読めるが、オレはキンドルで単行本を買う。

 作家のはしくれとして、作品に対してはしかるべき対価を払うべきだと思うからだ。

 その一方で良い作品は自分のコレクションに加えたいという気持ちもある。



「K2」は医師免許証を持たない男が超人的な手術をする医療漫画だ。

 平成版ブラックジャックと言ってもいいかもしれない。

 連載開始が2004年、つまり平成16年ということから敢えて「平成版」ブラックジャックと言わせてもらった。


 冒頭部分を引用すると……


  かつてこの日本に

  不世出の天才と呼ばれた医師がいた

  野獣の肉体に天才の頭脳

  そして神業かみわざのメスを持つその男は

  ある日をもって忽然こつぜんと姿を消した

  自らの寿命を悟った巨象のごとく人知れず静かに

  今となってはその存在さえ疑う者すらいた

  男の名はK……

  すべては伝説となっていた


 リアリティーという点からは「アンメット」や「脳外科医 竹田くん」に劣る。

 いや、「劣る」という評価はすべきでない。

 ねらって非現実的な設定にしておき、荒唐無稽こうとうむけいともいうべきストーリーで引っ張る。

 リアルな部分とそうでない部分がうまく混ざっているためか、オレも何時いつにか漫画に没入してしまった。

 現在、第3巻を読んでいるところ。


 例によって、ここが凄いと思うところを語りたい。


ここが凄い!:その1 過疎の村で心臓移植を行うところ


 そもそも設定が無茶苦茶だ。

 過疎地で心臓移植なんて。


 でも、ドナーから心臓を取り出すところなんかはリアルだ。

 オレ自身、法的脳死判定を複数回やった事がある。

 本来なら治療をするべき対象から心臓を取り出す過程にかかわる事は医師として随分ずいぶんチグハグな感覚だった。

 たとえていえば、わざとまとを外して銃を撃つような感覚……と言おうか。

 ただ、心臓を取り出す瞬間の村人たちの「さずは今、天にされた……」という言葉は実感としてよく分かる。


 また、心臓移植を受けた少年がみるみる回復する描写も、おそらくはリアルじゃないかな。

 おそらく、と言ったのは、オレ自身が実際に見たことは無いためだ。

 臓器移植に関わった集中治療医によれば、それはもう移植の威力というのは凄いもので、「まるで死人が生き返ったみたいな回復を目の当たりにした」と聞いた。


 無茶苦茶な設定と荒唐無稽なストーリーの中に超リアルな描写を混ぜ込んでいるところが上手うまいと思う。



ここが凄い!:その2 刻印こくいんの入った10本のメスの存在


 最初に登場したのは、「No.5 K」と刻印されたメス。

 あと9本のメスがこの世の何処どこかに存在し、それを1本ずつ探すという伏線ふくせんの張り方が面白い。

 現代の医療シーンでは、ほとんどのメスが使い捨てのものだ。

 たまに刃の部分だけ替えて使うタイプも存在する。

 でも、漫画に描かれているのは柄から刃まで一体型のもの。

 刃はいで使っているんだろう。

 オレが医学部にいた頃には「メスの刃の研ぎ方」なんていう記述が教科書にあったような気がする。



ここはどうかな?:髪の毛を利用して縫合する


 せっかくなのでツッコミの方も入れておこう。

 頭皮の切創では、わざわざ針糸はりいとを使って縫合ほうごうしなくても、創の両側にある髪の毛同士を結紮けっさつすれば結果的に縫合したことと同じ効果を得ることができる……はず。

 確か「医龍いりゅう」という医療漫画にもそういう描写があったので、オレはバイト先で試してみたことがある。

 が、見事に失敗した。


 人間の髪の毛というのはよく出来ている。

 似たような素材のモノフィラメント糸に比べても腰があって滑ってしまう。

 たとえ外科結紮をしたとしても自然にほどけてしまうのだ。

 だから、この方法は使えなかった。

 もしかしてオレのやり方が悪かったのかもしれないけど。



 ということで、「アンメット」「脳外科医 竹田くん」以外の医療漫画 について熱く語らせてもらった。

 最近の医療漫画はよく出来ていると思う。

 気づいたら夢中になって読んでしまっている。


 ん?


 考えてみればオレも同業じゃん。

 他人様ひとさまの作品をめている場合じゃないだろう。


「診察室のトホホホホ」が入り込む余地はあるのか!

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