第450話 針を失くした男

 その日は何と言うことのない頭蓋骨形成術のはずだった。


 外傷による急性硬膜下血腫きゅうせいこうまくかけっしゅの手術で3週間前に頭蓋骨を外していた。

 その手術後に状態が安定したので、頭蓋骨形成を行う時期が来たのだ。

 この日に備えて冷凍保存していた自家骨じかこつをチタンプレートで固定する。

 手術が終わりに近づき、若い者だけで閉創へいそうにかかっているその時のこと。

 にわかに手術をしていた人間の動きがあわただしくなった。


「どうかしたのか?」


 術野の外から声をかける。

 オレはとうに手をおろしていた。


「針を……飛ばしてしまったんです」


 おいおい、もう終わりって時に何をしでかしてくれたんだ!


「3人で針探しをするな。2人は閉創に専念しろ。こっちも探すから!」


 すでに何人かた四つんいになって床の上を探し始めた。

 外回りナースたちだ。

 オレも床にいつくばって針を探す。


 針の大きさは2センチくらいだろうか。

 こんな物が頭の中に残っていたら大変なことだ。

 実際には頭蓋骨の固定をした後だから最悪でも骨と皮膚の間にあるはず。


「あっ、ここにあった!」


 1人が針をみつけた。

 術野のおおのところに引っ掛かっていたのだ。


「良かった、良かった」


 そう言いながら皆が解散しかけた時。


「先端が欠けていますよ」


 回収した針の先が2ミリほど欠けている。

 その部分だけ折れて本体の針とは別にどこかに飛んだのだ。

 再び探し始めるが、2センチと2ミリでは難易度が全く違う。


 一体、どうしたらいいのか?


「これは先端を見つける事より、術野に無い事が大切だろ。だから術後にMRIを撮影して金属が無いことを確認したらいいんじゃないか」

「でもステイプラーがあったら分からないんじゃないですか?」

「じゃあ皮膚は糸でおうぜ」

「いやいや、感染のリスクがあがりますよ」


 皆が色々と言い始める。


 MRIを撮影したら金属アーチファクトが出るので、たとえ0.1ミリの破片でも簡単に見つけることができる。

 が、最近の頭皮はステイプラーという医療用ホッチキスで縫うので金属だらけだ。

 さすがに大量の金属の中から2ミリの破片を探すことは出来ない。

 ステイプラーを抜鈎ばっこうするまで待つ必要がある。

 真実を知るのは10日くらい後になってしまう。


 何だかんだ言っているうちに閉創が済む。


 結局、術直後にCTを撮影して金属片が無い事を確認する事になった。

 CTであっても異物があれば分かりそうな気がする。

 実際のところ、金属片らしいものはなかったので、一件落着だ。


 それにしても1年に1回くらいの割合で針を飛ばしている気がする。

 幸い、これまで針を回収できなかった記憶はない。


 が、先端部分が欠けたとなると話は別だ。

 そんな小さいもの、見つかる気がしない。


 今回の騒ぎで得た教訓。


  針は先端が折れることがある。

  だから、持針器じしんきで針を持つときは先端を避けるべし。

  2ミリくらいの金属片ならCTでその有無は分かる。


 そんなところだろうか。

 もう1つあった。


  針探しをしている時の皆の一体感は格別。


 それにしても色んな事が起こるもんだ。



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