第444話 「アンメット」を読む男

 読者のコメント欄で尋ねられた。


「『アンメット~ある脳外科医の日記~』という漫画を脳外科の先生が読んでどう思われるのでしょうか?」


 結論から言うと、細部に至るまでとてもよくできていると思う。


 確かに読者を意識して強調している部分も省略している部分もある。

 が、その一方で「おっ、ここまで踏み込んでいるのか!」と感心させられるところも少なくない。


 せっかくなので、「『アンメット』はここが凄い!」というテーマで語ってみたいと思う。


 まずは第1巻、アメリカ帰りの脳外科医、三瓶友治さんぺいともはるが普通の市中病院で働き始めるところだ。


 多少のネタバレにはなってしまうので、できれば第1巻を読んでからオレの感想を聞いて欲しい。

 もちろんオレの話の後に漫画の方を読むのも自由だ。

 早速、順番に語ろう。



 ここが凄い!:その1 ノミで開頭するところ


 脳内出血の30代男性の開頭血腫除去術を行う時のこと。

 頭蓋骨を切るドリルが故障してしまった。

 まさか金槌かなづちで骨を叩き割るわけにはいかない。

 だから、ノミを使って骨を切った。

 その描写が凄い!


 通常の開頭では最初にパーフォレーターという電動ドリルを使って数ヵ所に直径10mm程度の孔をあける。

 次に、先端を骨切りクラニオトームというものに付け替え、孔をつないで開頭する。


 が、そもそも電動ドリルが動かなければ話にならない。


 こういった場合には手回しドリルを使って孔を開ける。

 そして線鋸ギグリーといわれる糸ノコや外科用のノミを用いて孔をつなぐことになる。

 電動ドリルが故障した時に瞬時に頭を切り替えたのが素晴らしい。

 おそらく最近のレジデントの中には線鋸やノミなんか見たことも使ったことも無い人間が多いんじゃないかな。



 ここが凄い!:その2 障害者雇用促進法を利用するところ


 先の患者、残念ながら左半身の麻痺が残ってしまった。

 いくらリハビリしてもなかなか思うように機能が回復せず自暴自棄になってしまう。

 そこで三瓶は障害者雇用促進法の利用を提案した。

 そのアイデアが凄い!


 この法律は1960年に制定されたものらしいが、この10年間で特に法律遵守が口喧くちやかましく言われるようになった。

 法定雇用率は2%ちょっとなので、企業は40人に1人以上の障害者を雇用する義務を持つ。

 助成金や罰則もあるため、どの企業も雇用率達成に躍起やっきになっている。

 なので、この男性が障害者として復職すれば会社としても大歓迎だ。

 会社のお荷物になってしまったと自分を卑下ひげする必要は全くない。


 とはいえ、障害者雇用促進法の存在を知っていて、その利用を勧める脳外科医がどのくらいいるだろうか?

 あまり多くはないのが現実だと思う。



 ここが凄い!:その3 微小血管吻合をするところ


 浅側頭動脈STA-中大脳動脈MCA吻合術ふんごうじゅつを行うところがリアル。

「直径2ミリの血管を10しん縫います」「人工血管やラットで何百例も吻合実績がないとやってはいけない手術です」という主人公の発言はまさにその通りだと思う。

 そのセリフが凄い!


 ちょっとだけツッコミを入れさせてもらうと、実際の浅側頭動脈や中大脳動脈の直径は約1ミリ。

 これが直径2ミリだったら格段に楽だ。

 だから、ここは1ミリと言って欲しかった、そこに脳外科医としてのプライドがかかっている。

 たぶん読者にはどうでもいいことなのだろうけど。



 といったところで、この漫画の鑑賞ポイントを3つあげさせてもらった。

 あと、手に持っている手術器械の描写とか、医師と患者との距離感とか、そういう作画上の正確なところにも感心させられる。

 助手の川内ミヤビ先生が吻合で使った器械はたぶんエースクラップ製じゃないかな。


 一般受けするかどうかは別として、同業者から見てもよく出来た漫画だと思う。


「アンメット」の第2巻以降についても「ここが凄い!」を順に語っていきたい。


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