第443話 チヤホヤされる男

 前回は自分自身の青春の煩悶はんもんについて述べた。


 卓球の強い奴は周囲からチヤホヤされる。

 オレもチヤホヤされてえ!

 そう高校生時代に思っていた。


 今回は実例を上げたい。


 オレが中学生の頃の話。

 第43話「体育館の裏から出てくる男」で述べたとおり、オレは1年生でありながら2年生のレギュラーに勝ったのだ。

 だから前途洋々の未来が待っているはずだった。


 が、突然の父親の転勤とそれに伴う転校。

 その事で全てがひっくり返った。


 転校した先は都会の中学だけあり、田舎中学とは何もかもが違っていた。

 広大な体育館、無数の卓球台、そして何十人いるか分からない部員たち。


 1年生の3学期に中途入部したオレは顧問の教師と試合をした。

 が、この先生、無茶苦茶な強さだ。

 特にバックに回り込んでこちらの両サイドに打ち分けてくるドライブは前の中学には存在しない技術だった。


「なかなか素質はあるけど、もうちょっと練習が必要だな」


 コテンパンにやられた後、そう声をかけられた。

 世の中は広い!

 中学生ながら感心した。


 この中学では土曜も日曜も練習があった。

 また、月に1回くらいは近隣中学との練習試合がある。

 なぜか女子高と練習試合をすることもあった。

 男子中学生と女子高校生はちょうど実力的には拮抗きっこうしているのでかなっていたとも言える。


 土日くらい休みたいという連中が多い中、卓球バカのオレはウハウハで毎日練習した。

「卓球レポート」という月刊誌を読んでは、世界の技術を自分でも試す日々だ。

 その結果、この都会中学でもレギュラーに入ることができた。


 が、世の中、上には上がいる。

 市内の海岸中学だ。

 そこのエースが英田あいだという男。


 こいつは背も高く、おそらくはスポーツ万能だったのだろう。

 英田とは何度か試合したことがある。

 ワンサイドもあれば惜敗もあったが、ついぞ勝つことは出来なかった。


 彼は勉強もよく出来たのか、その学区で1番の進学校に進む。

 高校でも大活躍し、なんとインターハイにまで出場した。

 いつも県大会の2回戦くらいで消えているオレとは大違いだ。


 さらに決定的なのが英田あいだの人気。

 常に数人の女子に囲まれている。

 卓球で大きく差をつけられた事より、こっちの方がオレにはショックだった。


 英田のように強くなりさえすれば楽しいことが待っている、もっと頑張るんだった。

 そう思ったが、もう卓球部を引退して受験勉強に専念すべき季節が来ている。

 医学部に受かりさえすれば女にモテるはず、とオレは無理に頭を切り替えた。


 今になって思う事は、英田は強くても弱くてもモテる奴だったのだろう。

 そして、オレはたとえ優勝していたとしても大した事はなかったんじゃないかな。


 そもそも他人と自分を比較するから悩みが尽きないんだ。

 でも、その煩悩ぼんのうこそが青春の本質なのかもしれない。


 年を取って、今ではすっかり枯れてしまったオレがいる。

 振り返ってみると、あの悩み多き中学・高校生活も貴重な経験だったと思う。

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