第441話 肉体労働をする男

ふと目が覚めた。


ここはどこ、私は誰?

3秒ほどして病院の自室、真昼間まっぴるまということに思い至った。

思わず寝てしまっていたのだ。

あまりにも力を使い果たして。


その日の朝、オレは同僚に頼まれた手術をしていた。

彼の外来診療日と空いていた手術枠が重なってしまったからだ。


「大変お手数ですが、VPブイピーシャントをやっておいていただけないでしょうか」

「ああ、いいよ」

脳幹出血のうかんしゅっけつで寝たきり気管切開の人なんですけど1つ問題がありまして」

「ん?」

「身長は170センチくらいなんですけど、体重が100キロ以上ある人で」

「うわあ、腹を開けるのが大変じゃん、それ!」

「そうなんですよ、ひとつよろしくお願いします」


VPシャントというのは正式名称を脳室腹腔短絡術のうしつふくくうたんらくじゅつという。

これは頭側と腹側でそれぞれチューブを体内に挿入し、その間の皮下で繋ぐ手術だ。


皮下はパッサーという50センチほどの長さの金属棒を使って通り道を作っている。

が、たまに物凄く皮下が固い人がいる。

そうすると手術がもはや肉体労働になってしまう。


この患者の場合、開腹はさほど手間がかからなかった。

腹部から頭部まで一気に皮下をパッサーで通すはずだったのだが……

ムギュー、ムギューとパッサーを押しても進まない。

途中に何ヶ所も中継点をおかなくてはならなくなった。


「もっと脇をしめて腰をつかって押すんだ」

「ぐぐぐぐぐ、なかなか進みません」

「ちょっと貸してみろ、オレが見本を示すから」


そういって自分でパッサーを押したが本当に進まない。

仕方なく、半分くらいのところに皮切をおいて、一旦パッサーを外に出す。

そこからは5センチずつ刻んで進んだといっても過言かごんではない。

大小のパッサーを使ったり、ゾンデを使ったり、モスキート鉗子かんしを使ったり。

もう皮下を通りそうなものなら何でも使った。


思えば、この手術を初めて見たのは研修医の時だ。

正直なところ、なんと野蛮な手術、と思った。

今では同じ事をしている自分がいる。

あれから何十年、この手術には何の進歩もなかったのだ。


結局、今回の手術時間の8割をパッサーを押すという肉体労働に使ったような気がする。


通常は1時間ほどで終わるところ、2時間半もかかってしまった。

当然、終わったら疲労困憊ひろうこんぱいだ。


昼御飯を食べ終わった椅子の上で不覚にも眠り込んでしまった。

時間にして30分、いや1時間くらいだろうか。


ラテンの国ではシエスタという昼寝の制度があるが、日本にも必要な気がする。

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