第434話 検査日を変更する女

「何で電話で変更できないんですか。先生につないで下さい!」


患者の言葉が外来クラークによってそのままカルテに書かれている。

外来クラークは「MRIの検査日を変更するためには再度受診して下さい。先生に電話をつなぐ事はできません」と決まり文句を言うだけ。

よくあるトラブルだ。


脳外科外来ではMRI検査と診察がセットになっている事が多い。

未破裂脳動脈瘤とか脳腫瘍術後のフォローだ。

朝1番でMRI検査をして、その後に診察という流れになる。


が、込み入った症例についてはMRI検査と診察日を分ける。

というのも自分が見るだけでなく、放射線科の読影所見も欲しいからだ。

検査の直後に診察だと放射線科の読影が間に合わない。

でもMRI検査の翌日以降には放射線科が読影所見を作成している。

検査日と診察日の間をあけて、放射線科医と脳外科医がダブルチェックする。

こうやって病変を見逃さないようにするわけだ。


このようにMRI検査と診察日の予約は個々の症例に応じて違っている。

同じ事はCTにも血流検査にも脳波検査にも言える。

なので、検査日を変更してください、と電話で言われても担当医以外にはできないのが現実だ。


実は、電話でも変更できるようにしよう、とこれまでに何度も会議がもたれた。

でも結局は不可能、という結論に達したのだ。

このような検査日と診察日との関係は30ほどある診療科と100近くある検査のそれぞれで違っているので、その組み合わせは無数だ。

予約変更電話の専属看護師を置いてはいるが、彼女にしてもその組み合わせを全て把握するのは無理というもの。

なので、診察日の変更以外はすべてお断りする事になった。


そもそも自分の病気の検査より大切な用事って何?

医療従事者はそう思う。

が、患者はそうは思っていない。

その考え方の違いがトラブルをうむ。


また、「先生に電話をつないでください」ってのも無理な事が多い。

手術中に電話に出ることはできない。

そもそもオレは手術室では院内PHSを切っている。

自分のやっている手術より大切な用事ってのはオレのこれまでの人生に遭遇した事はない。


いや、1度だけあった。

術者本人の体調不良だ。

発熱だか低血糖だかで術者が倒れてしまった。

こればかりはどうしようもないので、途中で交代するしかない。


が、外からの電話で手術より優先というのはついぞ無かった。

術者が途中で手を止めて電話に出たりしたら、手術されている患者も怒るだろう。


とはいえ、これは医師としての立場での話だ。

いったいMRIの検査日を変更して欲しいというどんな重要な用事があるのか、作家として興味はある。

クラス会に行くことになったとか、何かの資格試験を受けるとか。

でも、そういうのは予め分かっていることだしな。


ひょっとして誰かに訴えられたので裁判所に行くことになったのだろうか。

それともガス給湯器がこわれたので業者に来てもらうことになったとか?

オレの頭では中々思いつかないが、作家としては興味津々だ。


今度、患者の顔を見たら訊いてみよう。


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