第431話 散財してしまった男

 前回は火をつけられた病院について述べた。

 色々思い出したので、今回はその病院について語りたい。


 せっかくなので名前をつけておこう。

 時代を先取りして効率的な病院だったので、効先こうせん病院とでもしておこう。


 効先こうせん病院は300床くらいの民間病院だ。

 グループ内の病院は10ヵ所ほどあった。

 つぶれそうな民間病院を買い取っては経営を立て直していた。


 辣腕らつわん経営者のもとで皆がキビキビ働くようになったわけではない。

 たまたまグループに入る前と後の同じ病院でアルバイトをした事がある。

 職員のメンバーは同じだったので、前後の雰囲気は同じだった。

 でも、経営的には良くなったのだろう、多分。


 効先こうせん病院は、何もかも合理的だった。

 ヤル気のない医者をどう使うのか、そこにノウハウがあった。


 まず、朝出勤すると自分の机の上に数枚の診断書が置いてある。

 これを片付けると病棟業務か外来業務だ。


 もし自分の外来診察日なら外来を行う。

 外来診察日でなければ病棟に向かう。

 その日の看護リーダーと医師2人の3人で入院患者を回診する。

 何か新たな指示があればその場で出して看護リーダーに伝える。

 一方、医師の方は紙カルテに経過などを記録する。


 病棟回診が終わるとムンテラだ。

 病状説明をして欲しいという家族がいれば、詰所で順に話をする。

 何組か話をすると昼になるので職員食堂で昼食だ。


 昼休みの後は手術または血管造影。

 どっちもなければ医局に戻る。

 真面目な脳外科医たちは学会発表の準備をしていることが多い。

 他の医師は株とか麻雀ゲームをやっていた。


 勤務時間中にそんな事をしていていいのか?

 民間病院だから誰にも怒られない。

 そもそも院長からして医局で将棋をしていた。



 で、そんな病院のどこが先進的だったのか?


 まず、医師に雑用は回ってこない。

 医師にしか出来ない仕事に専念することになっていた。

 手術や外来はもちろん、診断書作成や病状説明がこれにあたる。


 あと、何もかもパターンが決まっていた。

 今でいうクリティカル・パスだ。

 でも、当時はそんな概念がなかったので「コース」と呼ばれていた。


 脳外科では「開頭手術コース」などがある。

 急変がなければ手術後の頭部CT撮影は0、1、3、7日後に決まっていた。

 看護師と看護助手が勝手にCT室に患者を連れていってCT撮影を行う。

 そのフィルムを医師が見て、所見をカルテに書く。


 また、術後の抗菌薬の種類も量も回数も決まっていた。

 医師の裁量はあるが、一々考えるよりは決められたとおりに出す方が楽だ。


 カテコラミンという昇圧剤も希釈の方法や初期量が決まっていた。

 これも「イノバン、1.0」といえば、所定の希釈でスタートされる。

 医師も看護師も楽だ。


 また、退院や転院も簡単。

 医師は「退院可」もしくは「転院可」とカルテに書くだけ。

 後は、事務方が勝手に後方病院に転院させていた。


 基本的に医師は働かない、という前提で全てのシステムができていた。

 でも、経営的には取りこぼしがなかった。

 レセプトの病名漏れや加算漏れなんぞは論外だ。

 担当の事務職員がどんどん病名や加算をつける。

 医師は後で確認するだけ。


 驚くのは医局忘年会だ。

 繁華街の有名料亭で行われる。

 二次会はテレビドラマで見る銀座のクラブのような店だった。

 おそらく座っただけで〇万円だったのだろう。

 リアル白い巨塔だった。


 そんな調子だけど、経営的には絶好調。

 グループはどんどん大きくなり、手狭になった本院は市内中心部に進出した。

 現在は公的病院にもひけをとらない巨大なビルが建っている。


 給料は良かったのにオレも周囲に染まって散財してしまった。

 何かと揉め事の多い病院だったけど、今となれば懐かしい思い出だ。

 あの頃の同僚たち、今は何処どこでどうしているのだろうか?


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