第430話 火事の事を訊かれる女

前回、前々回は病院で停電が起こった話をした。

今回は病院での火事について述べたい。


医療機関で火事が起こって何人死んだ、という話はあまり聞かない。

が、皆無というわけではない。

2021年12月17日に通院患者に放火された大阪のメンタルクリニックの例もある。

あの事件では27人の死亡者が出た。

実はオレ自身も病院での火事を耳にした事がある。


ウン十年も前の事。

以前に勤務していた病院でボヤ騒ぎがあったというニュースがあった。

火事の原因やその後については報道では何も分からなかった。


たまたまその病院での同僚だった医師や秘書との飲み会があったので尋ねてみた。

というか、その場での最大の話題が火事になるのは当然だ。


「やたら知り合いから電話がかかってくるんです。皆、何か用事を作って電話してくるんですけど、最後は火事の事を訊かれて」


そう語るのは医局の秘書だ。

彼女の事だから軽くさばいていたのだろう。


「実は、あの火事は患者さんに放火されたんですよ」


循環器内科医が事件の核心を話し始めた。

それだよ、それこそオレが知りたかった事だ。


透析とうせきで通院していた人ですけど、他の患者さんと些細ささいな事で口論になりましてね。すぐにカッとなる人のようで」


確かに世の中の「すぐにカッとなる人」の多さには驚かされる。


「それで警察を呼んで『仲直りしましょうね』ということでその場は済んだんです」


ということは続きがあるのか?


「ところがその人、家からライターだったかチャッカマンだったかを持ってきてですね、病院のカーテンに火をつけたんです」


やりよったな!


「幸い、すぐに消火したんでボヤですんだのですけど」


いやいや、この話には続きがあるはず。

透析患者ってのは人工透析のために今後も週3回くらいの通院が必要だ。

しかし、放火魔の透析をするほどお人好ひとよしな病院もあるわけないよな。


「で、その人はどうなったんですか? 当然、出禁できんですよね」


オレの質問に循環器内科医が答える。


「もちろんですよ。で、ヘロヘロになっていたところを〇〇病院が透析して、今はそちらに通院しているそうです」

「〇〇病院ってのは同じグループでしょ。そこまで親切にする必要があるんですか?」

「そこに通い出してからですね、目に見えて元気がなくなったとか。そういう噂がありますね」


おいおい、生かさず殺さずってやつかよ!

透析の加減でそういう事ができるか否かは知らないけど。


でも、あのグループ、あの理事長ならやりかねないな。

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