第428話 卓上スタンドを持つ男
大昔のこと。
オレは30床の独立型救命センター立ち上げに関わったことがある。
立ち上げとはいっても、すでに建物も内装も完成していた。
医療機器も搬入されていて後は運用だけ……と普通は思う。
が、実際には内装も医療機器も信用できない、という事が幾つかあった。
その1つが有事に備えた電気系統だ。
そもそも病院なんてものに停電があってはならない。
が、それでも起こるのが停電だ。
オレ自身、それまでに3回経験したし、時々、ニュースにもなっている。
実際に停電が起こったらどうなるか。
この時に自分たちで行った停電テストで初めて知った。
まず、救命センターへの電力会社からの送電線は2系統来ていた。
西側からと南側からだ。
普段は西側から送電されているが、もしそれが遮断された場合、自動的に南側からの送電に切り替わることになっている。
その間、数秒くらいらしいが、これは電力会社を信じるしかない。
オレたちでテストする事が出来ないからだ。
次に何らかの事情で全く外部からの電気が来なくなった場合。
人工呼吸器などは数秒の中断すら許されない。
救命センターにはこのような医療機器が大量にある。
だから三重、四重に対策がなされているのだ。
実は医療機関内のコンセントには3色ある。
病院に行く機会があれば、観察してほしい。
まず通常の白コンセント。
これは外部からの電気が遮断されたら、そのまま止まってしまう。
だからテレビとか個人用冷蔵庫とか人命に関わらないものをつなぐ。
次に赤コンセント。
これは非常用発電機につながっている。
停電すると自動的に非常用発電機が起動するが、約30秒かかる。
なので、30秒程度遮断されても問題ないものに接続される。
電動ベッドとか病室の蛍光灯とか。
そして緑コンセント、病院によっては茶コンセントだ。
こいつは無停電。
電力会社からの電気が蓄電池経由で供給されている。
バッテリーを内蔵した個人のパソコンみたいなものだ。
これは一瞬たりとも停止してはならない医療機器が接続される。
たとえば手術室の機器、手術用顕微鏡とか麻酔器とかモニターとかだ。
で、これら白赤緑のコンセントがちゃんと作動するか。
オープン前に自分たちで停電テストをやる日が設定されていた。
使うのは皆の机の上にある卓上スタンド。
これをかき集めて、各ゾーンの赤と緑のコンセントに接続する。
そしてメインの電源を切る。
赤なら一旦消えた後30秒して点灯するはず。
緑なら終始消えないはず。
そうやって自分たちの手で救命センター内のコンセントすべてを確認した。
結果は……
赤コンセントでありながら消えたままいつまで経っても点灯しないもの。
緑コンセントにもかかわらずスタンドが消えてしまうもの。
いい加減なコンセントが少なからずみつかった。
当然のことながら、配線工事を行った業者はしこたま説教を食らう。
問答無用の突貫工事でやり直しが行われた。
人が死んでから工事不備が見つかりました、では話にならない。
救命センターのオープンから1年後だったか2年後だったか。
電力会社の事故で救命センターの電源が落ちてしまった事があった。
当然、病室や医局は真っ暗になり大騒ぎだ。
が、手術室やICUのメンバーは停電があった事すら知らなかった。
何事もなかったかのように業務が続けられたのは不幸中の幸いだ。
オープン前に自分たちで行ったテストが災厄を未然に防いだのだと思う。
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