第427話 職場環境の改善を図る男

近々、院長との面談がある。


内容は各部門毎の今年度の売上目標とその具体的な達成方策だ。

これについては昨年度の数字をちょっと手直しするくらいでいいだろう。

大きな変更があるわけではない。


が、昨年度の面談ではちょっとした失敗をした。


何か病院に対する要望はあるかという質問に対して「特にありません」と答えてしまった事だ。

もちろん何もないわけではなく、急に尋ねられて何も出てこなかったというのが本当のところ。

だから今年度は準備をしておかないといけない。


オレは救急外来で診療看護師や医師たちに何か要望がないか尋ねてみた。


「トイレがですね、和式ばかりで洋式のものが少ないです」


言われてみればその通りだ。

なんせ昭和の建物だけに、何もかも古い。

ピカピカである必要はないが、職員が働きやすい環境が必要だ。


「女子トイレなんか3つのうちの1つしかない洋式にいつも人が並んでいるんです」


健康な職員ですら和式は苦しい。

ましてや患者は大変だろう。

オレも和式なんか使いたくない。


「本館に洋式が少ないから、わざわざ新館まで行く人もいるくらいです」

「分かった、トイレ問題は重要だから言っておくよ。他には?」

「お茶の自動販売機ですね」

「えっ?」

「ICカードが使えなくなったんですよ」


以前はICカードの使える自動販売機が一定数設置されていた。

小銭を持ち歩かない人たちはもっぱらそちらを使い、それらの自動販売機だけが売り切れ続出だった。

ところが新年度で新しい自動販売機が入ったとたん、ICカードの使えるものが一掃されてしまった。

女性職員の場合は基本的に財布を持ち歩かないので不便この上ない。


「できたら顔認証にして欲しいくらいです」


確かにその通り。

働きやすい環境でこそ、人は働きたくなるものだ。

トイレや自動販売機が使いにくかったらどうにもならない。

些末さまつな事に見えて、決して些末ではないとオレは思っている。


後は各種連絡かな。

「各部門毎に〇〇の書類を△△までに集めて提出せよ」というもの。

1つ1つは大したことないが、なんせ数が多すぎる。

今のITの時代、担当者が職員個人と直接やりとりすれば済む話だ。

役職者に連絡係をやらせるのはあまり賢明ではない。

その時間があったら診断書作成とかレセプトチェックとか症状詳記作成とか、医師でなければ出来ない仕事をするべきだ。


「業績はネットか何かに打ち込めないですかね?」


そう言い出したのはたまたま居合わせた救急医だ。

ウチでは論文や学会発表などの業績を各自がワードで作成して提出している。

メールにファイルを添付して出すものの、アナログと言われても仕方ない。

オレなんか脳外科と総合診療科の両方だから、二度手間もいいところだ。


逆に1つの論文に大勢の名前が入っている場合も余分な重複が生じる。

皆がワード入力して提出するからだ。

集計だって大変だろう。


それに業績ってのは英語が混ざってくるので、代行してくれる秘書がいない。


調べてみると Researchmap というものがあり、複数の論文データベースから各自が自分の業績を作成することができるようになっている。

後はアウトプットをどうするか、複数の人間の論文をどのように統合するかの問題が残る。

ファイルメーカーのようなものを自分たちで作成する方法もあるんじゃないか?

探せばカスタマイズできるオンラインデータベースなんかもあるだろう。


ネットに打ち込んでセキュリティは大丈夫か、という不安もあるかもしれない。

でも、広く世間に公表したデータだから流出上等だ。

そもそも、他人様の業績くらい興味を持てないものもないからな。


また、院長との面談自体のスケジュール調整もネットを使えないだろうか?

「調整さん」とか「Forms」とかを使えば、担当の事務職員も当方もお互いに省エネができる。

もちろん、この情報も外部に流出したところで何の問題もないから気楽に使えばいいと思う。


ウチの病院は建物は古いが、中身は最新のITを駆使して省エネを図っている、というのは売りになるんじゃないかな。


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