第425話 矛盾と戦う男
通りがかりの
2、3人がモニターの前で悩んでいる。
興味を持ったオレは「診断」という名前の謎解きゲームに加わった。
患者は80代の女性。
全身倦怠でタクシーに乗ってやってきた。
病歴はこうだ。
3日前に某整形外科クリニックで3時間待った。
2日前に38度台の発熱と全身筋肉痛があり自宅で寝ていた。
混み合うクリニックの待合でインフルエンザをもらったのだろうか?
1日前には37度台、少し
コロナ・インフルエンザの迅速検査が陰性と出たが、それだけだった。
それ以上の検査も診察もなく、また薬も点滴もなかった。
帰宅しても食欲がわいてこず、ほとんど何も
そして本日、当院の救急外来にやってきた。
朝の体温は37度台だったが、来院時には36度台。
患者が求めているのは市民病院よりちょっとはマシな診療だ。
救急外来の担当者はコロナ・インフルエンザ迅速を再検するとともに、採血、点滴、胸部レントゲンを行った。
患者自身は2日前や前日に比べてかなり楽になったといい、一見して重症感はなかった。
全体として快方に向かっているのだろうか。
検査結果は、白血球数が5,000、CRPが10。
胸部レントゲンで右中肺野に
その他の検査結果は尿も含めてほぼ正常。
皆が悩んでいたのは複数の検査結果が一貫していないことだ。
症状と白血球数だけを見れば「ほぼ問題なし」と考えられる。
しかし、炎症反応を示すCRPは高く、また胸部レントゲンからは肺炎が疑われる。
つまり症状や検査結果がお互いに矛盾している。
ほぼ正常ととるべきか、異常ととるべきか、それが問題だ。
悩める人たちの議論にオレも加わった。
そして出した結論が「一旦、帰宅として悪化したら再度受診してもらおう」ということだった。
これをオレたちは
ここからはオレの推理だ。
患者はクリニックの待合で何らかのウイルスもしくは細菌をもらったのだろう。
あるいは、もう少し前に自分でも気づかない程度の
今回の検査の中でリアルタイムの病状を示しているのが、本人の症状と白血球数だ。
一方、CRPと肺の
だから、誤嚥性肺炎の回復過程を見ているのではなかろうか。
そう考えれば矛盾なく説明できるが、こじつけのような気もする。
患者が帰宅した後に胸部レントゲンについて放射線科医の意見を訊いてみた。
「
「あの、患者さんはもう帰っちゃったんですよ」
「それは残念! また来院されることがあったら是非レントゲンとCTを
謎の異常陰影は放射線科医の興味を大いにかきたてたようだ。
それにしても、患者が院内に滞在している間に相談しておくべきだった。
いい考えは常に後から浮かんでくるものだ、今後に生かそう。
1つ良かったことは、患者にも付き添いの家族にも大いに感謝された事だ。
オレたちがモニターの前で議論しているのを聞いて「真剣に向き合ってくれているんだ」と思ったのだとか。
それにしても、いつの間に市民病院が劣化していたのだろうか?
当該病院に勤務する多くの医師を知っているだけにちょっとガッカリだ。
相手が重症でも軽症でも、常に過不足のない診療を心掛けるべきだとオレは思う。
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