第423話 鉢合わせを経験した男

鉢合はちあわせ」と聞いて思い浮かぶ組み合わせは何だろうか?


 たぶん、「妻と愛人」もしくは「彼女1号と彼女2号」が典型的だ。

 が、そいつが経験したのは「母親と彼女」だった。

「そいつ」というのはオレの医学部時代の同級生だ。

 鉢合わせ事件が起こったのは学生時代のこと。


 この同級生にも名前をつけておいてやらないといけないな。

オレが受験ですべった超進学校出身だから超野ちょうのくんとでもしておこう。


 超野くんの自宅は大学まで1時間くらいのところ。

 オレの家からも近かったので、よく遊びにいった。

 だから彼の母親とも話をする機会が多かった。


 のちに彼は大学の近くに部屋を借りて住むようになった。

 大学から歩いて10分ほどの距離だから便利この上ない。

 悲劇はその部屋で起こった。


 母親が部屋の掃除をしている時にガチャリと鍵を開けて入ってきたのが……

 当時の超野くんの彼女だった。


「どう思います? 年頃としごろの女の子が男の人の部屋の鍵を持っているなんて!」


 何かの時にオレが超野くんの母親に問い詰められる羽目になった。


「どう思うと言われましても……自分の部屋の鍵を男の人が持っているよりは余程よほどマシかと」

「何ですって!」


 超野くんの弁護をしたつもりだったが、言い訳にもなっていなかった。

 そもそも自分の部屋のスペアキーを母親と彼女がそれぞれに持っているというのが迂闊うかつすぎる。


 もしかしたら彼女の方は何人かの男の部屋のスペアキーを持っていたのかもしれない。

 今になったらそんな知恵も湧いてくる。

 が、当時のオレは単に慌てふためいていただけだ。


 超野くんは超野くんで「俺の母親は学歴主義だからな、困ったもんだ」と言っていた。

 彼にとっては、女性の学歴なんかどうでもいいのだそうだ。

 でも、母親は違う意見だった。

 女性といえども学歴というのは、その人自身や生まれ育った家庭のトータルな評価だということらしい。

 確かに学歴が全てではないにしても、1つの物差しには違いない。



 さて、医学部を卒業して数年後。


 オレは超野くんの披露宴に招かれた。

 お相手は某私立医大出身の女性医師だ。

 鍵を持っていた彼女とは別れて、その後にも紆余曲折があったのだそうだ。

 母親にとっては、新婦の学力も実家も申し分ないので目出度めでたいといえる。


 披露宴の後、新郎新婦とその両親が金屏風の前に並んでお見送りとなった。


「おめでとう。おめでとうございます」


 オレは超野くんと新婦にそう声をかけた。

 そして、超野くんの母親には……


「このたびはおめでとうございます。良かったですね」


 そう言って深々と頭を下げた。


 母親はオレの目を見ながらニヤッと笑う。

「本当にありがとうございました」という言葉には色々な思いがこもっていた。



 あれから数十年。


 蕎麦屋そばやでバッタリ出くわした超野くんの隣にいた女性は……

 いつも年賀状で見る奥さんの顔とは違っているような気がする。

 いや、まさか。

 単なる知り合いかもしれないし。


 邪推じゃすいはするまい。

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