第422話 万引き犯にされた女

 その患者は30代女性、てんかん患者。

 いつもは1人で受診するが、今回は亭主とともに来院した。


「私、万引き扱いされたんですよ」


 最近、よく物を失くしたり鍵をかけ忘れるという話の後に突然、こんな事を言い出した。


「スーパーにいった後、駐車場にとめた自転車に財布を忘れたことに気づいて」

「ええ」

「それで商品を持ったまま駐車場に戻ったんですけど、その行為が万引きだということで捕まりました」

「ありゃあ!」

「商品を店に戻してから財布を取りに行ったら良かったんですけど、そういう判断ができていませんでした」


 なんとまあ、万引き犯とは!


「それは、てんかん患者のあるあるですね」

「そうなんですか!」

ほかに少なくとも2人は万引き犯にされそうになった患者さんを知っていますよ」


 1人は商品をもって出ようとしたところを奥さんが気づいて商品を元に戻した。

 もう1人は店の外で商品をもって意味不明な言動をしていたところを捕まえられた。


「てんかんの患者さんは発作中に万引き行為ともとれるような行動をすることがあるんです」

「やっぱり!」


 発作中に正常な判断ができず、手順前後してしまうことは珍しくない。

 財布を持つ、スーパーに行く、商品を戻す、駐車場に戻る、などの行為の順序が無茶苦茶になる。

 うまく発作のコントロールが出来ていると思っていたが、まだまだ薬の調整が必要だ。


「てんかんだって言ったんですけど、警察は『てんかんってのは泡吹あわふいて倒れるんと違うんか』と取り合ってくれないんです」

「泡吹いて倒れるのは昭和のてんかんですよ。万引き犯と間違えられるのが令和のてんかんです」

「警察には『早いこと認めてしまった方が楽やで』って言われて」

「そんな馬鹿な。警察から私宛に文書照会をかけてもらってください。文書で回答しますから」


 そういってオレは名刺を患者に渡した。


「御本人は心が弱っているから、御主人が警察に連絡した方がよさそうですね」

「この足で警察に行ってきます」


 店も警察も誰が悪いわけでもないが、こういう誤解は起こってしまう。


 オレは発作コントロールのために新たな薬を処方に加えた。

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