第419話 練習を重ねる男

 ある日曜日の昼。


 オレは病院の手術室にいた。

 手術用顕微鏡マイクロを使った練習をするためだ。


 近く血管吻合の手術が予定されている。

 これは浅側頭動脈STA中大脳動脈MCA端側吻合たんそくふんごうするものだ。

 端側吻合とは完成した形がY字形になるものをいう。

 それぞれの血管とも直径1ミリほどなので極めて繊細な技術が要る。


 この手術が決まってから、ほぼ毎日のようにオレは机上の実体顕微鏡じったいけんびきょうで練習を重ねた。

 もちろん人間で練習するわけにはいかない。

 だから練習台は鳥の手羽先てばさきや練習用人工血管、ガーゼなどだ。

 それぞれに特徴があり難易度が違う。


 いよいよ手術が近づいてきたので、本番に備えて手術用顕微鏡マイクロでの練習をする。

 実体顕微鏡はフォーカスやズームを手で合わせるが手術用のそれは左足で行う。

 これが難しい、と思っていたら逆だった。

 足でやる方が簡単なのだ。

 さらに言えば、手術用顕微鏡は実体顕微鏡に比べて遥かに性能が良い。

 練習用人工血管が、いつになく綺麗に縫えた。

 やはり実体顕微鏡の100倍ほどの価格がするだけの事はある。


 ただ、1つだけ予想外の事があった。

 手術室内の気流だ。

 清浄な室内を保つための天井からのダウンフロー、これが影響する。

 練習中、吻合のための10-0じゅうぜろの糸が一定方向に流される。

 強くはないものの、糸の先が常にオレの方に向かってくるのだ。


 2本の糸がからまないように向こう側と手前に分けたいときにも、両方がこちらに流される。

 だから、この現象には注意しなくてはならない。

 ダウンフローの影響を受けにくい場所に術野を設定するか、それとも気にせずにやるか。

 他の術者はどうやっているのか、ちょっといてみてもいいかもしれない。


 とはいえ、日曜日の練習でオレは自信を持つことができた。

 後は本番あるのみ。


 いくつかの不確定要素は残っているが、乗り越えることはできるだろう。


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