第418話 大惨事を招いた男

病院の外来ってのは診察だけやっているのではない。

多くの患者が世間話をしてくる。

高齢者の長話くらい退屈なものはないので、いつも適当に聞き流す。


が、時には驚くべき話を耳にすることがある。

今回は大惨事を招いた、という患者の話だ。


その男性は70歳代くらいだろうか。

例によって何の病気で通院しているのか、オレは憶えていない。

見た目は、上品な夫婦だ。


その人が何を言い出したかというと……


外で昼食をっている時に便失禁してしまったのだと。


「大惨事になってしまいましてね」


そんな事を淡々と言われても……

どのような状況だったか、それを確認するのを忘れていた。

たちまちオレの頭の中に想像の地獄絵図が繰り広げられたからだ。


どこかの料亭、和室の大広間で大勢の客が食べている最中。


その患者が「大」の方を漏らしてしまった。

たちまちあたりに漂う異臭。

あってはならない物が畳の上に流れ出す。

逃げ惑う客、当惑する患者、必死の形相で叫ぶ店員。


そんな状況で昼食なんてもってのほか。

ついにその日は営業中断になった。


いくら店の人がいてもこすっても、いつまでもフワフワと便臭がただよってくる。

結局、畳は新品にせざるを得なくなっちまった。


あくまでもオレの想像上のものだけどね。

実際、そこまでは詳しく尋ねていないから知らないけど。


今、冷静になってみると、根ほり葉ほりいてカクヨムのネタにすれば良かったと思う。

きっと患者も喜んで語ってくれたんじゃないかな。


オレが心配したのは支払いだ。

夫婦の昼食だけならせいぜい1万円か、そんなもんだろう。


でも、店に迷惑をかけてしまったのだから、10万円くらいは支払ったのだろうか。

オレなんか小心者だから「100万円です」と言われたら支払っちまうよ、申しわけなさすぎて。


実際にその患者がどれだけ払ったのかは聞いていない。



帰宅してから妻にその話をしたら、こう言われた。


「昼食代だけ払ったに決まってるわ。10万円とか、あり得ない!」


そんなもんかね。


とにかく大惨事と呼ぶに相応ふさわしい事件だ。

オレもゆるい方だから「明日は我が身」と思って気をつけよう。


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