第402話 泣き出した男 4

(前回からの続き)


 あと、前にも述べたが頚部に皮下血腫ができている時も問題だ。

 気管が偏位してしまって何処にあるかがが分からなくなる。


 実際にある医学部教授から聞いた話だ。


 その先生が准教授時代の事。

 助手と2人で緊急の輪状甲状靭帯切開を行う羽目になった。

 しかし、皮下には巨大な血腫があって気管なんか触れたもんじゃない。


「駄目だ、どこに気管があるんだ!」

「先生、ここです」


 准教授には分からなかった気管が向かいの助手には触れたそうだ。


「俺には無理だ。お前が切ってくれ!」

「分かりました! 切ります」


 で、助手が切った。


 ブシューッ、という音とともに見事に輪状甲状靭帯が切開されたそうだ。


「ありがとう、助かった!」


「助かった」というのは患者の命だけではない。

 この准教授、ちょうど教授選に出馬していたのだ。

 ここで患者を死なせでもしたら、自分の人生まで終わってしまう。


 それを助手の一刀が救った。


「よし、お前はもう終身名誉医局員だ!」


 まだ教授になっていないのに、気の早い事ではある。


 それに終身名誉医局員というのがそんなに有難いものなのか?

 実は有難いものだった。


 というのは、この准教授が教授になった後の事。

 助手が外科医を辞めて実家の会社を継ぐことになった。

 で、銀行から借りる時にこの終身名誉医局員という称号が役立ったのだ。

 案外、ハッタリがきいて金を借りやすくなるとのこと。


 それにしても、こんなに優秀な人が外科医を辞めなくていいじゃん。

 オレはそう思った。


 が、彼はオレの想像を遥かに超えていた。

 会社を大きく発展させて今では年収数億円だとか。


 外科医としても優れていたが、会社経営者としても優れていたわけだ。


(次回に続く)

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