第396話 去っていく男

春は出会いと別れの季節だ。

何年ぶりかに脳外科でリアル送別会が行われた。


去っていくのは2人。

スタッフとレジデントだ。


両名ともこのシリーズに何回か登場してもらった。

が、まだ名前をつけていなかった。

最後になっちまったが命名しておこう。


スタッフは天王寺力哉りきや先生、レジデントは神崎暗太郎かんざきあんたろうくんだ。


天王寺先生は医学部卒業後、2年間の初期研修を当院で開始。

当時、始まったばかりの新医師臨床研修制度だ。


彼はそのまま脳外科レジデントとして残りさらに3年間のトレーニングを受けた。

当時の朝川エマ部長の寵愛を受け、最後は病院の支援で3週間の海外研修。


「天王寺先生ばかり優遇しすぎじゃないですか!」と周囲から非難された朝川先生が「出来の悪い子ほど可愛いのよ」と反論し、周囲が妙に納得した事を思い出す。

残念ながら、朝川エマ先生は悪性疾患で数年後に天国に召された。


当院から異動した後、天王寺先生はあちこちの施設で修行を積む。

専門医や医学博士をとった後、海外留学で華々しい成果を上げた。


当院にスタッフとして戻ってきたのは見違えるようにたくましくなった天王寺先生。

「心が折れそうですわ」と言いながら困難な手術や共同研究に挑戦していた。


驚かされたのは毎年5編のペースで英語論文を書く馬力だ。

症例報告が中心とはいえ、市中病院にいてこのペースは只者ただものではない。


その功績が認められて今回、晴れて大学病院に呼び戻された。

その意味するところは1つ。

どこかの大学の教授選に出馬すること。

出る以上、勝たなければ意味がない。


かつて栄耀えいようを誇った母校も地方大学の教授選でことごとく負けている。

次々にポストを取られる様は、まるでひっくり返されるオセロの石のようだ。


その形勢を逆転すべく天王寺先生が投入される。

現代の白い巨塔に必要なのは若さと勢いだ。


頼んだぜ、天王寺!



一方、レジデントの神崎暗太郎あんたろうくん。

彼は医学部卒業後、他院で2年間の初期研修を終えた。

その後、当院の脳外科のレジデントとしてやって来たのだ。


実はお父さんの神崎黙人もくと先生とは一緒に働いていた事がある。

大学病院の放射線科にいた時だけど。

いつも静かに仕事をしている立派な人だった。


レジデントとして神崎暗太郎くんが来たとき、オレは気づかなかった。

あの神崎黙人先生の息子だとは。


言われてみれば顔はよく似ている。

が、中身は全く違っていた。

優秀な黙人先生と違って、暗太郎くんの方は本当に親子かと思うほど……以下、略。


が、人は軽々けいけいに判断するものではない。

天王寺力哉先生の例もある。


暗太郎くんにも何らかの才能があるはずだ。


将来、〇〇会△△病院の理事長になっているかもしれない。

ダメ研修医がそっち方面で能力を発揮した例は沢山みてきた。


「暗太郎先生、なんかアルバイトの口とかないかな?」


数年後にはオレがお願いする立場になっている事もあり得る。

今のうちに仲良くしておこう。

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