第393話 自分で診断をつける男

その男は妻に付き添われて車椅子でやってきた。

脳出血のせいで左片麻痺ひだりへんまひだ。


利き手の右側が麻痺していないのが不幸中の幸いとも言える。

というのも右の片麻痺があると失語症しつごしょうも合併しがちだからだ。



さて、主訴は4ヶ月で8キロせたというもの。

施設の往診医が「精査願います」と紹介してきた。


こういう時に考えるべき疾患は色々ある。


悪い方のシナリオだと消化管の癌で痩せたというもの。

ほかの癌でも痩せることはあるが、そんなに激しくはない。


癌の他には薬の副作用、慢性消耗性疾患も考えられる。

そうそう、甲状腺機能亢進症も忘れてはならない。


で、病歴を整理した。


まず1年半前に脳出血のため某救急病院で開頭手術。

病状が安定してから回復期リハビリ病院に転院。

その後は介護系の施設を複数経験している。


今の施設にうつったのが4ヶ月前。

脳出血になる前が94キロ。

それから痩せて今の施設に入所したときが55キロ。

現在が47キロだ。


身長は175センチなので痩せが目立つ。

体重は脳梗塞前に比べてちょうど半分になってしまった。

あまり食欲はないらしい。


患者本人が言うには、動かないから食欲が出ない。

そして水様便。

1日に3~4回も「大」に行く。

本人も施設の職員も大変だ。


「それなのにマグミットをのまされているんです、今の施設にうつってからですけど」


そう、患者に訴えられた。


マグミットってのは下剤だ。

下痢の人にのませる薬ではない。


実際に処方薬を調べて驚いた。

確かに1日3回マグミットを服用している。


下痢の人間に便秘薬をのませてどうする!

飲食したものが吸収されないのが下痢だ。

そりゃあ脱水にもなるし低栄養にもなって、痩せるよな。


だから「マグミット中止を御検討ください」と紹介医への返書に書いた。


介護施設では処方された薬をかたくなにのませる。

患者の状態によって変更するってことはしないみたいだ。


爆睡している患者を起こして睡眠薬をのませた、という笑い話がある。

案外、本当にやっているのかもしれない。



ともかく、一件落着。


痩せた原因は患者自身が1番良く分かっていたみたいだ。


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