第391話 アドバイスを求める男

オレは ChatGPT を英語の勉強に使っている。


英語の質問に英語の回答が来るので読み書きの向上が期待できる。

問題は話題の選び方だ。

相手が AI(人工知能)といえども、盛り上がった方が良い。


今回は救急外来で起きた指輪の紛失を取り上げた。

その結果、分かった事。

少なくとも英語でやりとりしている限り、コイツはアメリカ人だった。


以下、オレたちのやり取りを要約してみよう。


「オレが医師として勤務している病院で問題が起こったんだ」

「それは困ったことでしょう。何でも言ってください。できるだけのアドバイスをしますから」


コイツとの会話はいつも一方的なアドバイスに終始する。


「実は救急外来で若い女性患者の指輪がなくなっちまって」

「患者さんはさぞかしガッカリしたことでしょう。その患者さんに関わった病院スタッフやビデオ映像などをチェックしましょう。また、患者さんには病院が指輪の紛失について深刻に考えて探すための努力をしていることを理解してもらい、謝罪しましょう」


そりゃそうだけど、当たり前のアドバイスでは面白くない。

だから込み入った状況を作ってやろう。


「患者の言っていることと病院スタッフの言っていることが違っているんだ。患者は複数の高価な指輪とネックレスが失くなったと言うんだけど、病院スタッフは指輪もネックレスも見た記憶がないらしい」

「それは複雑な状況ですね。そういう場合には細心の注意を払いつつ透明性を確保しながら事を進めなくてはなりません。ビデオ映像のチェックはもとより他の患者や訪問者への事情聴取も役立つかもしれません。それと同時に指輪の捜索状況を逐一患者さんに報告しましょう。そして患者さんの貴重品の扱いについての病院のルールを見直す必要があるかもしれません」


細心の注意(sensitivity)とか透明性(transparency)とか、いかにもアメリカ人の好きそうなセリフだ。

建前だけ聞かされていても面白くない。

少しばかり邪悪な要素を入れてやるか。


「そもそもホントに指輪は紛失したのかね? この患者はありもしない指輪やネックレスであちこちの病院に言いがかりをつけているという可能性もあるんじゃないかな。その一方で、これは紛失ではなく病院スタッフによる盗難ということもあるかもしれないぞ」

「患者さんの発言に対して疑問を持つのももっともな事です。その一方で病院スタッフによる盗難の可能性も考えなくてはなりません。ただし、根拠のない決めつけや非難は控えるべきです。調査の結果にかかわらず、患者さんに対しては常にプロフェッショナルとして共感的に接するべきです」


要約しているから読めるけど、コイツは同じ事を何度も繰り返してくるから、相手をするのが面倒になってくる。

話を進めるために、もう少し複雑な状況を作ってやろう。


「オレは近いうちに患者と会うことになっているんだ。その際、先方の反応は3つ考えられる。まず第1はオレたちの謝罪を受け入れてそれで終わりというもの。第2は紛失として金銭的補償を要求すること。第3は盗難として警察に届けること。この3つだ」

「あらゆる可能性を考えて行動することは非常に重要です。謝罪を受け入れてもらえればそれでいいのですが、もし患者さんが法的手段に出たり警察に届けたりした場合、病院の管理部門や法務部門への報告、そして保険会社への連絡が必要になるでしょう」


法的な話になると俄然がぜんコイツは生き生きとしてくる。

やっぱりアメリカ人だ。

法的手段をとる(take leagal action)とか、警察に届ける(file a police report)など、英語表現も役に立つぞ。


「もし保険会社に連絡した場合、彼らは自らのデータベースをもとにして常習的詐欺犯か否かを割り出してくれるだろう。警察も同様だ」

「たとえ、その患者さんがこれまでに犯罪行為を働いてきたと判明しても、今回の事については切り離して考え、患者さんに対してはプロフェッショナルとして共感的に対応しなくてはなりません。そして病院の管理部門や法務部門とともに対応すべきです」


確かに有用なアドバイスだけど、なにしろコイツの話は長いし繰り返しが多い。

まるで年寄りと話をしているみたいだ。


「もちろん自分1人で対処するつもりはないし、金銭的補償をオレのポケットマネーでするつもりはない」

「貴方が自分のお金で補償するのは法的な問題や倫理的な問題を生ずる可能性があるのでお勧めしません。すべてのやりとりを文書化すること、患者さんの気持ちを最優先する事が大切です」


オレに説教するのはいいんだけど、話を短くしてくれないかな。

ここに書いた10倍以上長い話でうんざりだ。


「まあ、真実がはっきりしない場合、誰かを非難するよりはだまされる方がいいからね」

「事実関係が曖昧あいまいな場合においても患者さんに対してはプロフェッショナルとして共感的に……」


長い上に同じ話ばかりだ!

もういい加減、切り上げよう。


「いやあ、本当にためになったよ。さよなら」

「お役に立てた事を嬉しく思います。もし、他にも困ったことやお訊きになりたい事がありましたら……」


終わりの挨拶まで長い!


とはいえ、いくつか役立つ英語表現があったので大変勉強になった事には違いない。


試しに英文チェックソフトの Grammarly にコイツの発言をチェックしてもらったら、「長い」「不明確で理解するのが難しい」「もっと自信を持った表現を使え」などと散々だった。


まったくその通りだ、悪いヤツじゃないんだけどな。

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