第390話 指輪を失くした女

ある日の事。


病院の警備担当者から連絡があった。

ERでのトラブルについてだ。


前日の昼に搬入された若い女性患者の持ち物がなくなったとのこと。

失くしたのは指輪とネックレスで、帰宅してから気づいたそうだ。


担当していたのは女性研修医。

指輪もネックレスも見た憶えがない、と言っている。


患者側の言い分は全く異なったものだ。

検査のために外したアクセサリー類をビニール袋に入れられた、と。


そんな大切なものなら帰宅前に気づかなかったのか?

そう思わなくもない。



患者からの連絡でERの中はもとよりCT室やゴミ箱の中まで調べた。

でも、何処からも出てきてはいない。


紛失か盗難か。

後者なら所轄の警察に被害届を出してもらうことになる。



こういったトラブルは比較的よく起こる。

だから、以前に勤務していた救命センターでは手順が決まっていた。

 患者の持ち物に触る時には必ず本人に声をかけること。

 持ち物を預かるときは必ず複数の職員が確認すること。

 さらに決まったビニール袋に入れてリストを作成していた。


オレ自身が救命センターで経験したのは現金に関するものだ。


心肺停止で搬入された超高齢者の男性。

所持品の財布を看護スタッフと確認していたときに万札が出て来た。

しかも何枚もだ。


「わっ、ちょっと。先生、一緒に確認してください!」


そう言われて2人で数えてみると38枚あった。

それとクレジットカードが1枚。

それだけ。


小銭とか免許証とか診察券とか、そういうものは全くなかった。


38枚の福沢諭吉と1枚のクレジットカード。

もちろん、ビニール袋に入れてリストに記録した。


救命センターだと超重症の患者が最大2人までしか収容されない。

だから、そういったダブルチェックも可能であった。


今の病院の場合、様々な重症度の患者が同時に4人来ることもある。

なかなか複数の職員での対応が難しい。

常時ビデオ撮影ということも考えられる。

が、服を脱ぐようなところでのビデオ常時撮影をやりにくいのは事実だ。


とはいえ、何らかのキチンとした予防策を講じなくてはならない。


単なる金属の輪にすぎない指輪であっても本人にとっては大切なものだ。

財布と同じように、あるいは財布以上に慎重に扱うべきだろう。

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