第385話 「無」になった男

2022年春の話。


ある先生が海外での会議から帰国後に熱と咳が止まらなくなった。

当然、誰もがコロナを疑う状況だが何度PCRをしても陰性。


そのうち、どんどん状態が悪くなって勤務先の病院に入院した。

あらゆる抗菌薬やら抗ウイルス薬やら抗真菌薬やらが使われる。


が、さらに酸素化が悪くなり、もう人工呼吸器を使うしかない状態になった。

そして、ストレッチャーでICUに移送される途中の廊下で意識消失。


これが水曜日の事。


気がついたら気管挿管され人工呼吸器につながれていた。

ECMOエクモの使用も検討されていたことは後で知ったそうだ。

声が出せないので文字盤でコミュニケーションを図った。


「ナ・ン・ヨ・ウ・ビ・?」

「今日は金曜日ですよ、先生」


2日間も意識を失っていたのかと思ったら、実際には2週間だったそうだ。

まさしく臨死体験だ。



1年経った今はすっかり回復している。

この先生によれば、あの世に行く途中のお花畑はついぞ見なかったそうだ。

そして、死は「無」だと確信したのだとか。


以来、生き方が変わった。

限りある人生、自分にとって大切な事を優先するってことに。



さて、あの世に連れていかれそうになった疾患の正体は何か?


レジオネラだった。


温泉や循環風呂で繁殖して肺炎の原因となる例の菌だ。

年に2回しか大浴場の掃除をしなかった有名旅館でも客が発症した。

似たようなニュースが時々あるので、レジオネラもすっかりお馴染なじみだ。



レジオネラは、かつて在郷軍人病と呼ばれていた。

約50年前、アメリカの在郷軍人会で集団発生したことに由来する。

パーティー会場となったホテルの空調設備にレジオネラが巣食っていたのだ。



じゃあ、くだんの先生は何でレジオネラになったのか?


実は滞在先の町がコロナによって長期にロックダウンされていた。

ロックダウンが解除されるとともに一斉にエアコンが稼働されのだ。

そして、ひそかに繁殖していたレジオネラが人々に感染したのだとか。


ロックダウン自体がない日本では耳にしないが、外国では問題になっている。


帰国者の呼吸器感染症ではレジオネラも考えておく必要がありそうだ。



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