第370話 役所に行く女 3

頭が痛いと外来にやってきた姉ちゃん。

紹介状も何もなしだ。


こういう場合、初診時の選定療養費せんていりょうようひとして7,700円がかかる。

結構な金額のはずだが、この人は平然としている。

なぜなら生活保護なので選定療養費が免除されるからだ。


姉ちゃんはオレの外来で不平不満をぶちまけていた。

自分は頭が痛いのに役所は理解してくれない。

担当者には、仕事を探して働けと言われる。

しまいにはハロワにまでいて来られた。

等々。


どうみても本当に頭の痛い人の振る舞いではない。

働かない事が人生の目的になっているみたいな言動だ。


「先生、どう思う?」

「そりゃあ、大変ですね」


本音は「役所の人、大変ですね」という意味なんだけど。

でも、そんな事を言ったら姉ちゃんの怒りに火をつけてしまう。

だから無難に相槌を打っておいた。


「悪い病気があるといけないので画像診断をやってみますか?」

「要らないわ、そんなもの」

「でも、頭が痛いんですよね」

「要らないって言ってるじゃない。鎮痛剤と睡眠薬と湿布を出せるだけ出してちょうだい」

「えっと、睡眠薬や湿布も必要ですか?」

「はあ? 何言ってんの。眠れないし腰も痛いんだから!」


こんな若くて元気な姉ちゃんが睡眠薬を必要とするか?

オレがこの年齢の時は10時間は普通に眠れた。

それとも自己負担がないのを利用して薬の横流しをしているだろうか。


押し問答する時間も惜しいので、言われるとおりに薬を処方する。

姉ちゃんはオレの発行した処方箋しょほうせんをひったくると勢いよく帰って行った。


生活保護の患者を診療すると1ヶ月後くらいに医療要否意見書いりょうようひいけんしょという書類が回って来る。

どういう傷病名か、どういう症状があるのか、どのくらいの日数がかかるのか。

そういった医学的意見を記入し、行政が医療券を発行するかどうかを判断する。

医療機関受診の必要性については、基本的に「不要」とすることはない。


が、この意見書には稼働能力かどうのうりょくの程度を記入する欄がある。

15歳から64歳までの人について、病状から考えてどのくらい働けるか、それを記入する。


不能、軽労働、中労働、重労働の4段階のどれかに〇をしなければならない。

「軽労働」というのは内職程度だ。

「中労働」がデスクワーク、「重労働」が肉体労働ということになっている。


多くの場合は「不能」で、たまに「軽労働」に〇をつけることもある。


この姉ちゃんの場合、オレより元気だし「重労働も可」ってことにしておくか。


後は役所の担当者にバトンタッチ。

ハロワへの同行、大変だけど頑張ってください。

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