第364話 スポーツクラブに行く男 2
(前回からの続き)
このスポーツクラブでは
主として両手の前腕を攻防に使うことになっている。
いわゆる
確かに相手の腕を無力化してしまえば防御することができなくなる。
一旦そうなったら、相手の顔面でもどこでも攻撃し放題だ。
「一般に中国拳法は習得に時間がかかります」
小太りの師範がそう説明する。
言われなくても分かる。
中国四千年の歴史をおさらいしているみたいなペースだ。
「だから私がいないときに道場破りが来ても相手にしないように」
しません、しません。
そんな奴が来ても、オレたちにできるのは変な姿勢で何分間立っていられるかの勝負くらいだ。
「だいたい異種格闘技なんてのは、ルールの取り合いですから。いかに自分に有利に設定するかで結果が決まってしまいます」
言われてみればその通り。
よく似た格闘技の空手とキックボクシングでも余程の力の差がないかぎり、空手ルールでやれば空手家が勝つだろうし、キックボクシングルールでやればキックボクサーが勝つだろう。
「今日は時間が余ったので、ちょっとした日常生活でのトラブルに対する対処をやってみましょう」
いきなり四千年前の中国から現代日本に意識が戻される。
「まずは相手が殴りかかってきた時の対処をやってみましょう。どんなパンチがいいですかね?」
生徒の中からちょっと怖そうな男性が答える。
「右だ。右のストレートで」
「足はオーソドックスとサウスポーのどっちにしますか?」
「オーソドックスにしてくれ」
「なるほど、左足が前ですね」
師範は素人にも分かりやすく説明してくれる。
左足前の大振りパンチってのは素人の喧嘩で1番多いパターンだろう。
「じゃあ、ちょっと前に来ていただけますか」
「俺が悪役をやるわけ?」
「いえ、オーソドックスの右ストレートというのが分からない人も多いと思うので、私がまずやって見せましょう」
そう言いながら師範は悪役兄ちゃんの前に立った。
次の瞬間、顔面に鮮やかな右ストレートが決まる。
もちろん寸止めだ。
当たってはいないが兄ちゃんの顔は
でもオレは見たぞ。
右ストレートを出す前に師範が左肩で軽くフェイントを入れたのを。
兄ちゃんはそれに反応してしまった。
だから続く右ストレートに全く対処できなかったのだ。
危ない、危なすぎる!
「世界には色んな格闘技があって色んなコンビネーションがありますが」
急に何を言い出すんだ、師範!
「その中でも最も恐ろしいのがボクシングのワンツーですね」
ワンツーというのは左ジャブと右ストレートのコンビネーションだ。
そうか、さっきのは右ストレートに見せかけたワンツーだったわけか。
結局、この人は詠春拳師範というより格闘技マニアだってことだな。
(つづく)
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