第363話 スポーツクラブに行く男 1

ちょっと前のニュース。


とある郵便局に強盗が入った。

金を奪った外国人風の男はバトンのようにナイフを振り回していたそうだ。


外国人がバトンのようにナイフを……って。


それ、ひょっとしてフィリピン武術のカリじゃないの?


若い頃にオレが通っていたスポーツクラブで見たことがある。


短い棒を1本または2本持って戦う。

デモンストレーションで棒をバトンのように扱うこともある。

ちょうどブルース・リーがヌンチャクを振り回すみたいに、だ。


このスポーツクラブはちょっとユニークだった。

筋トレの他にも中国拳法とか英会話とか色々やっている。

どのプログラムも、何時いつでも誰でも参加可能だった。



ある日のこと。

たまたま「女性のための護身術」ってのをやっていた。

ダンベルを持ち上げていたオレにも人数合わせか声がかかる。


美人インストラクターいわく。


「相手が体を押してきたとします。ちょっとやってみてくれますか?」


オレが暴漢役となってインストラクターを手で突く。


「その時に相手の左手をこちらの右手の小指でひっかけながら、そのまま踏み込んで顔面に肘を入れます」


インストラクターの右肘が飛んできて顔の前でピタリと止まる。


ギャア!


「左手で相手の後頭部を軽く持っておくと狙いを外すこともなく、また力が逃げることもありません」


再度、ブンッと右肘が飛んできて目の前でピタリと止まる。


「ちょっと! さっきより近くないですか?」


オレは冷や汗をかきながら抗議した。


「あら、よく分かりましたね」


インストラクターはニコニコしながら答える。

人の顔で遊ぶの、やめて下さい!



「次は胸倉むなぐらをつかまれたときの対処法ですが」


おいおい、まだやるのかよ。


「さっきの男性の方。良かったら私の胸倉をつかんでみてくれますか」

「こ、こんな風ですか?」


彼女の胸のふくらみにあたらないように左手でそっとつかんだ。


「掴んでいる側の顔面がガラ空きになりますね。ですから……」


この流れからすると右のパンチが来るはず。

オレは空いている方の右手で受け……られなかった。


彼女はニコニコしたまま右のハイキックでオレの後頭部をチョンと突く。


「ちょっとちょっと。それ、誰でもできるわけじゃないでしょ!」


オレは再び抗議した。


「なので誰でも出来る方法が必要です」


そう生徒に説明しながら、彼女はオレの左手を上から握った。

途端に左腕に痛みが走り、気がつくとオレは床にいつくばっていた。


「人間の手は開く力より握る力の方が強いですから」


美人インストラクターは淡々と説明を続ける。


「掴まれた手の上から自分の手で握ると相手を固定することができます」


確かにその通り、分かりやすい説明だ。

分かりやすいけど痛い。


そう思っていたら、ようやく手を離してくれた。


「万一、皆さんがワニと戦う事になったら、このことを思い出してください。ワニが口を閉めている間にヘッドロックをしてしまえばもう開けることはできませんから」


この人の話、シリアスとギャグの境目が分からない。

生徒も生徒だ、真面目な顔でうなずいてどうする!


(つづく)


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