第361話 夢をあきらめた女

最近は通院患者の婚活話こんかつばなしが続いている。

今回は婚活を頑張り続けている女性患者だ。


もうすぐ30歳の彼女もマッチングアプリを使っている。

婚活に成功した患者の話をしたら無茶苦茶テンションが上がっていた。


「ええーっ、どこのアプリを使っていたんですか?」

「★★って奴だって」

「あそこは既婚者がまぎれ込んでいるって聞きましたけど」

「いやいや、質はともかく、真面目な目的の人ばっかりだったみたいよ」

「知らなかった。どのくらいで出会ったんですか?」

「入って半年くらいで出会いがあって、半年くらいで入籍したとか」

「すごいですね!」


実績があるというのは何よりも説得力がある。


「亭主はハゲ・デブ・チビと三拍子揃っているんだって」

「何ですか、それ。でも、私もイケメンじゃなくていいです!」


そう言いつつ、すでにカレシができたそうだ。

彼女は何でも行動が速い。


というのも高次脳機能障害があって感情のブレーキがついていない。

だから直情径行、かつ思った事をそのまま口にしてしまう。

喜怒哀楽すべてがストレートに出てくるので何かとトラブルになる。

前のカレシは「優美香ゆみかちゃん、怖い!」と言って去っていったそうだ。


とにかく喜怒哀楽のうちの「」だけはおさえてくれ。

オレと彼女の母親の二人がかりでそんな説教をしている。


幸い、本人も「これはちょっとマズイ」と思い始めているようだ。



「その人、障害を持っている事は言ったんですか?」

「もちろん。最初から『こういう障害がある』って言ったそうだよ」

「それでも受け入れてもらえたんですね」

「それどころか『君の障害を支えるために僕は生まれてきたんだ』って」


勝手に話をつくっちまった。


でも、作家魂がとまらない。

小説に使えそうな台詞せりふを試してみよう。

本当に口にしたかどうかはこの際どうでもいい。


「すごーい! 本当にそんな事を言われたんですか?」

「もちろん」


この台詞は使えそうだな。

次、行ってみるか。


「だからね、君がカレシをなぐってしまっても、『優美香。お前って……怒った時の顔も綺麗だな』と言いながらギュッと抱き締めてくれるのってどお?」

「キャーッ! そんなこと言われたら泣きながら謝っちゃいます」


よし、この台詞も執筆用にとっておくか。

もう何が現実で何が妄想か分からなくなってきたぞ。


でも、妄想が人生の駆動力になるなられも良し。



思い起こせば何年か前の事。

彼女の未来をくだいてしまったのは一瞬の交通事故だった。


なりたかった職業があったのに、「それは無理だ」とあちこちの医療機関で言われてオレの外来に流れ着いた。

彼女の夢を実現させてやろうとオレは試行錯誤し無数の書類を作成した。

オレの悪戦苦闘もむなしく、彼女は夢をあきらめざるを得なかった。


結果的には「あちこちの医療機関」の方が正しかった。

でも、とことん頑張ったからこそ気持ちを切り替えることができたんだ。


精神障害者保健福祉手帳を取り、オレたちは障害者雇用での就職をねらった。

幸い、一流企業ほど順法精神があり、障害者枠を埋めるのに必死だ。

正面からでは到底入れない有名な会社に彼女は就職することができた。


今、マッチングアプリの話ができるのも、しっかりした雇用に守られているからだ。



「次は、永久就職いくか!」

「えっ?」

「いやいや、こっちの事」


つい心の声が口から出てしまった。

オレも気をつけないと。


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