第344話 事情聴取を受ける女 1
「もう午後10時を過ぎているし、いい加減に帰してもらえないんでしょうかね?」
医事課長がオレに声をかけてきた。
実は当院の看護師が警察で事情聴取を受けているのだが、なかなか終わらない。
それで心配した関係者が院内に残っていたのだ。
起こったのは人工呼吸器に関するトラブル。
どうやら回路の接続間違いがあったらしい。
それが原因で患者が死亡した。
だから回路を組んだ看護師にお話を聞きたい、と警察に言われたのだ。
警察がお話を聞きたい、というのは単なる世間話ではない。
いわゆる取り調べか、その1歩手前だ。
日付も変わろうかという時にようやく当該看護師は帰ってきた。
が、ここで終わりにするわけにはいかない。
警察で何を尋ねられてどう返事したか、それを記録に残す必要がある。
遅くまで残っていた医療安全の担当者が聴き取りを行った。
後日、聴き取りの記録を見たオレは「なるほど!」と思った。
警察はそもそも人工呼吸器がどんなもので何に使うかも分からないのだ。
その部分から理解しようとしたので時間がかかったのかもしれない。
さて、オレたちの医療安全管理者養成講習会では色々なシミュレーションを行う。
その中の1つが警察による事情聴取だ。
病院の顧問弁護士の強い希望でカリキュラムに取り入れた。
警察の取り調べに備えたものだ。
個々のケースでは、練習をしてから警察に行く事になっている。
が、シミュレーションであろうが1度は経験しておくにこしたことはない。
顧問弁護士とオレが刑事役となって医療事故当事者役に話を聞く。
まずは顧問弁護士が口火を切った。
「ええっと、言いたくない事は言わなくていいからね」
「はい」
「それと知っててウソを言ったりしたら、それは違法だよ」
「はい」
「何かメモのような物があったら、それは見てもいいから」
横に座っている顧問弁護士は昔から良く知っているが、なんだか怖い。
彼女は1つずつ事実関係を確認していく。
「マニュアルでは回路を組んだあと、テストラングにつないで確認するみたいだけど、それはやったのかな?」
「やって……いません」
「なんでやらなかったのかな。マニュアルにあるのに」
「だって、テストラングが
「少なくとも自分がその手順を飛ばしたことは認めるって事だな」
「あっ!」
なんか詰将棋を見せられているみたいだ。
当事者役のナースはジリジリと追い詰められていく。
刑事役をしていると、自分がその立場でものを考えられる。
要はいかに「ミスしました、すみません。私が悪うございました」という供述を引き出すか。
それが最終目標だ。
その目的を達するためにはあらゆる手段を使う。
刑事役のオレの順番が回ってきた。
「1人の入院患者は複数の看護師が担当するのかな?」
「そうです」
「なるほど、その日に一緒に組んでいたのは?」
「
「さっきお話を聞かせてもらった子だな。すごくしっかりしているようだけど」
「そうなんです。いつも指導してもらっている先輩です」
「その彼女が言ってたよ。『これは回路の組み間違えに違いありません。考えられないミスです』って」
「あの……
「厳重な処罰をお願いします、とも言ってたけど」
「そんなあ。私が回路を組んだときに
「それは確かかね」
「ええ、確かです!」
複数の被疑者がいるときには仲間割れを誘う。
疑心暗鬼にとらわれたらガードが甘くなって余計な事を言いがちだ。
さらにオレはトラップを準備しておいた。
(次回に続く)
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