第345話 事情聴取を受ける女 2

(前回からの続き)


刑事役のオレは供述調書を読み上げる。


「じゃあ、これから私が供述調書を読み上げるから、読み終わったらサインしてくれるかな」

「ええ」


オレは供述調書にみたてた紙を両手に持って読み始めた。


「令和〇年〇月〇日、私は担当していた〇〇さんの呼吸器の回路を組む際に吸気側きゅうきがわ呼気側こきがわを間違えて接続してしまいました。そのせいで〇〇さんは呼吸が出来なくなって〇時〇分に死亡しました。今回のことはすべて私の誤接続ごせつぞくによるものでおびのしようもありません。深く反省し、いかなる処罰をも受けるつもりです」

「えっと、それは私が言った事とちょっと違っているような気が……」


こっちのたくらみがバレたかな。

でも、うまく誤魔化さないと。


「いやいや、そこは気にしなくていいからサインしてくれるかな」

「ええ? でも自分が言ったのと違っていたらサインはしちゃいけないって」


誰だ、くだらん入れ知恵をしたのは。


「いいの、いいの。刑事さんもね、もう帰るからさ。とりあえずサインだけしておいてもらって、また明日にでも続きのお話を聞かせてよ。あまり遅くなってお母さんに心配かけちゃいけないだろ」

「でもお」

「悪いようにはしないからさ。サインだけしておこうか、せっかく作ったんだし」

「分かりました。何処どこにサインしたらいいのでしょうか?」


一丁いっちょあがり!


まるで悪魔を見るような表情で隣に座っている顧問弁護士がオレの顔を覗き込む。

いやいや、忠実に刑事役を果たしただけなんですけど。


でも、こういう時に人間の本性って出てしまうんだな。

気をつけないと。



シミュレーションが終わって座学に戻る。


「警察の事情聴取ってのは要注意です。相手は何重にも罠をはっていますから」


顧問弁護士は受講生たちを相手にレクチャーを始めた。


「供述調書をよく読んで、1ヵ所でも事実に反する所があれば、その場で書き直してもらって下さい。直してもらえなかったら絶対にサインをしてはいけません」


彼女は続けた。


「実際に警察の事情聴取がある場合には行く前に私がリハーサルをします。どういう事を尋ねられてどう答えるか、その練習をやりましょう」


当事者役の受けた扱いを見て、皆、他人事とは思えなくなったのだろう。

受講生たちは真剣に耳を傾けている。


こうやって皆が積極的に参加してくれると、準備した甲斐があったというものだ。

しかし、医療安全管理者養成講習会は果てしなく続く。


次は事故発生直後のシミュレーションを紹介しようと思う。


(「事情聴取を受ける女」シリーズ、完結)


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