第328話 請求書を無視する男

「お金も払ってないみたいですよ。毎回、請求書は送っているんですけど」

「ええっ、それ本当?」

「私たちもお金は払ってもらっていると思っていたのでガッカリです」

「じゃあ、誰かが『払ってくれ』と言わないといけないわけね。僕は嫌だなあ」

「もちろん、もちろん」

「僕は普通に電話診察しておくから、誰かナニワ金融道みたいに乗り込んでくれないかな」


 コロナ禍になってから電話診察が増えた。

 病院に来たら感染が怖い、という患者。

 病院に来られたら感染が怖い、という医師。

 双方の利害が一致して起こった現象だ。


 しかし、問題もある。

 たとえば月1回の保険証確認ができない。

 保険証なんかそうそう変わるものではないので、毎月の確認は手間だ。

 でも、せめて3ヶ月に1回くらいの確認は必要だろう。

 にもかかわらず、この患者の保険証はかれこれ2年間確認できていない。


 普通のサラリーマン男性だけど、もっぱら在宅勤務をしているのだそうだ。

 でも薬は必要だ。

 しかも処方日数制限のある薬だ。

 だから毎月のように電話診察を行っている。

 2年間ということは、都合24枚の請求書が無視されたということだ。


 病院としては何とかしなくてはならない。


 とはいえ、オレの役割は診療であってお金の請求ではない。

 これまで何年もの間、一緒に病気と戦ってきた心情的なものもある。

 だから「おいこら、金払え!」とは言えたもんじゃない。


 こういった時は医事部門が未収金を回収する事になっている。

 最初は丁寧なお手紙で支払いをお願いするが、徐々にエスカレートする。

 自宅を訪問しても支払ってもらえない時には法的手段に出る。

……が、そういう事がこれまでにあったかどうか、オレは知らない。


 それにしても診療費用は踏み倒されやすい。

 せめて、本人負担以外の7割は回収できている事が慰めか。


 ん?


 ひょっとして健康保険が失効しているって事はないよな。

 それだったら知らず知らず病院が不正請求させられているってことだ。


 勘弁してくれよ。


 ま、オレみたいなしたが心配する事でもないんだけど。

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